地域商社「いわきユナイト」。いわきから福島を元気に!

おここさんについて話す植松 謙さんの写真

2016年8月に、地域商社のいわきユナイトを立ち上げた植松さん。いわきユナイトは、福島県いわき市に居を構える企業で、地元の農作物や食品といった地域資源のブランディング・プロデュース、販路開拓や流通などを手がけています。

例えば、同社が商品開発から関わった『おここさん』は、昭和9年に創業した地元の老舗漬物屋「長久保食品」とタッグを組んで生み出した"新感覚ピクルス"です。漬物を食べる人が次第に少なくなり、文化を継承できないという漬物屋の思いから、ピクルスという形で新商品をつくりました。味は、酸っぱすぎず子供でも食べやすいものに、パッケージも漬物に多い瓶ではなく、捨てやすいビニールを採用。地元を中心に販路を開拓して、徐々に人気を集めています。

「地域商社として、必ずいわきの生産者や業者の方にお金が落ちるように、彼らが儲かるように。その仕組みづくりやサポートをするのが私たちの仕事です。」

ここちよい酸味のおここさんの写真

会社員からフリーランスへ。
決め手は「日本の食への危機感」と「地方の温かさ」

会社員からフリーランスへの転機ついて話す植松 謙さんの写真

「新卒でリース会社に入り、その後は金融系の投資再生会社で経営企画の部署にいました。父親も独立して会社経営をしていたので、いつかは自分もという思いがありました。」

会社員としてキャリアを歩んでいた植松さん。転機となったのは、33歳の時。中小企業診断士の資格を取得し、研修や研究会などの活動に顔を出して人脈づくりを始めました。

「ちょうどこの頃、国が農商工連携に力を入れ出したんですね。研修でも農業系の内容が多くなったのですが、実はそこで聞いた農家の現状にショックを受けて...。平均年齢は上がり、このままだと後継者がいなくなること。食料自給率も下がっていることなど。自分は東京生まれなので、初めて地方の現実を目の当たりにして。『このままでは日本の食がダメになる』と思いました。」

元の仕事をしながら、活動で知り合った先輩から地域活性事業の下請け仕事を振ってもらっているうちに、地方への想いがさらに高まったそうです。

「地方に出張して活動する中で、これまで感じなかった人との交流の温かみを感じましたね。地域の方は、一度仲良くなるとすごく親切にしてくれるので、どんどんこの領域に惹きつけられていきました。」

そして、35歳で独立。その後は、まず下請け的に誰かの仕事を手伝い、さまざまな地域の活性化施策を手がけていきました。

「独立時点で十分な収入になるほどの仕事があったわけではないですし、貯蓄もおそらく100万円ほどしかありませんでした(苦笑)。それでも思い切って独立できたのは、家族の支えと、しっかりとした信頼関係の上に仕事を振ってくれる人が1人、2人いたこと。そして、なにより地域活性の力になりたかったですし、『やれるところまでやってみよう』と考えたんです。」

その後、国の専門家派遣制度にも登録し、仕事を増やしていったと言います。「埼玉や千葉、大阪や鳥取、伊豆諸島など、いろいろな地域で仕事をしましたね」と振り返ります。

「地域活性の事業は国や県の補助金ありきで進むケースが多く、その期間は1年単位なので、3月の時点で補助金が切れて、突然事業が終わることがあります。結果、自分も仕事がなくなって困りますし、事業もやりかけになってしまい、申し訳ないという気持ちがありました。」

もっと深くコミットしたい。
人とのつながりが資本の地域商社

いわきユナイトの商品と植松 謙さんの写真

2016年、大きな決断をします。それが地域商社いわきユナイトの設立。「補助金ありき、年度単位の事業から脱却し、いわきに腰を据えて、重点的にやろう」と決めました。ではなぜ、拠点としていわきを選んだのでしょうか。

「2014年の終わり頃から1年半ほど仕事でいわきに通っていて、最初はまったくこの場所を知りませんでした。でも通い始めると、東京から電車で約2時間とアクセスが良く、何より魚がすごく美味しい。スーパーに並ぶ魚も鮮度が高くて、地域の人も魚の目利きができるほど目が肥えています。食のレベルがすごく高いんですね。」

ただし、この事実は他の地域にほとんど知られていませんでした。「それがすごくもったいないなと。自分が関わってブランディングすることで、もっといわきを元気にしたいと思ったんです。」

「東京から来ているという距離感もよかったかもしれません。ずっと住んでいると、外から見て価値の高いものも普通に見えてしまいますし。一方、地方の人は"東京のコンサル"をすごく警戒しているので、その点では、こちらにも住んでじっくりと信頼関係を作れた点もよかったと思います。」

植松さんはみずからを「人見知りな性格」だと言いますが、独立後は「そんなことは言ってられない」と、一緒にお酒を酌み交わすなど、地域の方とコミュニケーションを取り続けました。それが、今に続いているといえます。

「いわきユナイトでは、今後も地元の商品や農作物などを売り込んでいく予定です。クラウドファンディングにもチャレンジしました。資金調達に困っていたわけではありませんが、いわきだけでなく全国の方に地元や自分の想いを伝え、商品のファンを掴みたいという動機から利用しました。100人の投資家さんから支援頂き、イベントでは投資家さんから声を掛けられることもあり、期待を裏切らないよう身が引き締まる思いです。2018年10月には、いわきの地元米を使った甘酒やせんべいも商品化されます。これまでの商品と合わせ、地元はもちろん、東京などへの販路拡大も狙います。」

「地域活性化をやり続けてきたモチベーションは、温かく私を迎え入れてくれる人とのつながりです」と話す植松さん。これからも人とのつながりを大切にしながら、彼は自身のキャリアを歩んでいきます。

  • 取材協力:セキュリテ(ミュージックセキュリティーズ株式会社)

植松さんからのメッセージ

今はSNSで簡単に発信できたり、新しい技術やサービスが生まれたり、いろいろなことができる時代です。新しいことにアンテナを張ることで、セカンドキャリアでも充実した人生を過ごせるのではないでしょうか。加えて、他の人と違うことをやらないと埋もれてしまう時代でもあります。私がいわきに会社を作ったのも、それが理由の一つ。地方にも魅力がたくさんあります。そんな視点を持って、ぜひ新しいチャレンジをしていただければと思います!

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