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経済ジャーナリスト・渋谷和宏が解説! 賢い"お金の主人"になれる会計学のススメ!
2018.4.185分で読む、マネーの名著
この本の中で繰り返し強調しているのは、市場平均を上回る投資成果を得ることはほぼ不可能である、ということです。現在、投資家のほとんどは、生命保険や年金、投資信託など、他人から委託された資金を運用している機関投資家ですが、一般的には優秀な機関投資家たちが皆、市場平均を上回る成果を上げていると考えられています。しかし、著者エリスは人々が抱くこのようなイメージに対してこう指摘しています。
──「機関投資家そのものが市場なのだから、機関投資家全体としては、自分自身に打ち勝つことはできない」。
つまり、投資家のほとんどが機関投資家なのだとすれば、市場は機関投資家にとって、自分と同じくらい優秀な投資家たちがしのぎを削る世界だということになります。しかも、投資には手数料などのコストがかかるので、例えば市場収益率の平均が9%で、コストが3.25%かかるとすると、投資家は12.25%以上の利益を上げなければなりません。
これを裏返して言うと、個人投資家が市場平均を上回る成果を上げるためには、知識も経験も豊かな機関投資家たちを出し抜き、さらに高い(例えば12.25%以上の)収益率を常にマークしなければならないということです。
この主張は、投資の世界ではごくごく当たり前のことであり、プロであれば誰もが運用するにあたって踏まえています。市場に勝ち続けることのむずかしさを知らず、投資の世界に入ってくる個人投資家へ警鐘を鳴らしているのです。
現在の市場はもはや、1960年代のように多くの人が高い利益を競い合う「勝者のゲーム」の場ではなくなっています。今や、ミスを避けられるか否かで勝敗が決まる「敗者のゲーム」の場と化しており、投資家たちは自分のミスを最小限に抑え、周囲のミスに乗じることでしか利益を上げられないのです。
エリスは株式市場で投資をしていくうえで、「ミスター・マーケット」と「ミスター・バリュー」の2タイプがいることを教えています。
ミスター・マーケットは短期的な儲けを求めて、市場の値動きに翻弄されます。一方、ミスター・バリューは短期の市場の値動きには目もくれず、期待リターンを実現すべく長期に株式を保有するのです。ミスター・マーケットに騙されないよう、投資と資本市場をきちんと理解しなければならないのです。
個人投資家が投資で「勝つ」ということは、「マーケットに勝つこと=機関投資家に勝つこと」ではないとエリスは強調しています。投資の成功とはあくまで自分の目的に合った成果を上げることであって、マーケットに勝つことではないからです。
この本では、ある投資セミナーで「あなたのように金持ちになる秘訣は何か」という質問に対して、講師が「損を出さないことだ」と答えるエピソードを紹介しています。これこそが、敗者にならないためのまさに"答え"なのです。
では、個人投資家がどうやって自分の期待リターンを目指していったらいいのでしょうか。投資を通じて資産を運用する以上、投資対象が必要なのは言うまでもありません。
そこで具体的な投資対象としてこの本が提案しているのが、インデックス・ファンドです。インデックス・ファンドとは、日経平均のような市場全体の動向を反映した指標に価格が連動することを目指して組まれた最初から投資対象が分散されているファンドを指しています。つまり、インデックス・ファンドは市場を忠実に反映する鏡のようなものなのです。市場を忠実に反映するということは、インデックス・ファンドが市場に「負けない」ということを意味しています。市場がどれほど動いても、インデックス・ファンドの価格は市場全体の動きに連動して上下するのだから、原理的には市場に「負けない」というわけです。
この本が提案しているのは、このインデックス・ファンドを基盤にし、長期的な運用によって自分の目的に必要な分だけの成果を上げることです。インデックス・ファンドは「面白くもおかしくもないが、とにかく結果が出る」のが特徴とこの本にはあります。重要なのは、マーケットを取り巻く魅力的な宣伝文句や数字の短期的な上下に惑わされずに、「負けない」戦いを長く続けていくことなのです。それはシンプルで新鮮味のない戦略かもしれません。しかしそれこそが、投資の本質に従う最も確実な道なのです。
地味でも、コツコツ積み重ねていく「ミスター・バリュー」になりなさい
この本でも散々言っていますが、「儲けよう」と思って投資をするのはお勧めしません。投資の世界に入ると、華やかで魅力的な、たとえば、注目の成長株や、今ならビットコインなどに飛びついて、「ミスター・マーケット」になってしまいます。でもそれはダメだよ、と一生懸命忠告しています。地味でも、コツコツ積み重ねていく「ミスター・バリュー」になりなさいと伝えています。
カードゲームでも、勝てる手と負けない手は違います。特に、長い人生をかけた資産運用の世界においては、負けない手を学んだ人こそが、「敗者のゲーム」にも生き残れるのです。
浜 矩子
はまのりこ/同志社大学大学院ビジネス研究科教授。1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、2002年より現職。専門はマクロ経済分析、国際経済。『グローバル恐慌』(岩波新書)、『「通貨」を知れば世界が読める』(PHPビジネス新書)、『新・国富論』(文春新書)、『「アベノミクス」の真相』(中経出版)など著書多数。