ここがポイント! 定年後、会社を離れ、失ったものの大きさに気づく 抜け殻のような定年後を過ごさないために助走期間を持つ イキイキと過ごす鍵は、子どもの頃の自分

定年後、会社を離れ、失ったものの大きさに気づく

著者の楠木新氏は47歳の時に会社生活に行き詰まって体調を崩し長期間休職したそうです。その時に家でどう過ごしていいのか分からなくなり、このままでは退職後は大変なことになると予感して、試行錯誤の末、50歳から執筆活動に取り組んだと言います。それはまさに定年後の予行練習でしたが、そんな著者でも定年後に自身に訪れた変化には戸惑いを隠せません。
また、本書に描かれた著者自身の定年後の生活や心境には胸に迫ってくるものがあります。 「退職後3週間余りが経過すると、だんだん曜日の感覚がなくなってきた(中略)原因の一つは手帳を頻繁に見なくなったことだ。日によっては一度も見ない。ほとんど頭の中で把握できるくらいしか予定がないからだ」「私にとって一番印象的だったのは、誰からも名前を呼ばれないことだった。(中略)社内では『〇〇さん』『〇〇調査役』などと当然のごとく声をかけてくれた。それがいかにありがたいことだったかは退職して分かった」。
こんな自身の体験に加え、多くの定年退職者を取材した著者は、定年後の人生についてこう言います。
「定年退職者の中には働かなくてもすむ余裕があるから困っている人もいる」「会社は天国だったと思う」。だから「定年退職後は自分で会社に代わるものを見つける必要がある」

抜け殻のような定年後を過ごさないために助走期間を持つ

なぜ会社に代わるものを自分で見つけなければならないのでしょうか。本書が強調するのは定年後に待っている自由時間の長さです。仮に60歳で定年退職し、84歳まで生きた場合、睡眠などに費やされる時間を除いた1日の自由時間を11時間として計算すると、合計で、ほぼ8万時間に達します。これは21歳から60歳まで40年間勤めた総労働時間を上回ります。介助などを受けずに元気に過ごせる健康寿命は75歳までとして計算しても、合計で6万時間に達します。
これほどの膨大な自由時間を苦痛に感じてしまうかイキイキと楽しく過ごせるかで、人生終盤の色合いが大きく異なってくるのは当然でしょう。ではその違いはどこに起因するのでしょうか。著者は会社員人生の後半戦が肝要だと指摘します。
会社員人生は、仕事に慣れ役職を目指してがんばる前半戦と、成熟期を迎え酸いも甘いも経験する後半戦に分かれます。後半戦に入った40代後半や50代から定年後を意識した取り組みを少しずつ始め、助走をつけておくのがスムーズな定年後につながると言うのです。とはいえ、「『40代後半や50代から取り組みを』と言われても」と戸惑う人は少なくないでしょう。会社員人生の後半戦に自分は何をすべきなのか、考えるヒントはないのでしょうか。

イキイキと過ごす鍵は、子どもの頃の自分

著者はサラリーマンから転身を遂げイキイキと働いている中高年には共通点があると指摘します。それは子ども時代に好きだったことや得意だったことを仕事にしていることです。本書に登場する、通信会社の社員から提灯職人に転身した人も、鉄鋼会社を辞めて蕎麦打ち職人に転身した人も、小さい頃からものづくりが得意だったと著者のインタビューに答えています。これは定年後の人生を考える上でも重要なヒントになるでしょう。「子ども時代の自分を呼び戻すこと」がサラリーマンから別の立場へとレールを乗り換えたり、サラリーマンを続けながら副業を持ったりするだけでなく、定年後の人生へのステップにもなり得る――この指摘は私自身もすとんと腑に落ちます。
さらに定年後に必要な「社会とつながる力」は、「自分の得意技」と「社会の要請や他人のニーズ」との掛け算であることを意識すべきだとも言います。一般的にサラリーマンは得意技を磨くことばかりに重点を置きがちで、「社会の要請や他人のニーズ」をつかむのに長けてはいません。組織で働いてきた会社員は、「社会の要請や他人のニーズ」を自ら掘り起こさなくとも会社が与えてくれていたからです。しかし、ニーズがなければ、どんな得意分野を持っていてもそれを仕事につなげるのが困難になってしまいます。社会の要請や他人のニーズに応え、得意分野をお金に換えられるレベルへと引き上げること、煎じ詰めれば経済的に自立し、かつ会社から自立することが定年後にイキイキと楽しく過ごす力になると言うわけです。

渋谷和宏のコレだけ覚えて!

終身雇用の崩壊で「定年後」は若者をも襲う?

本書は60歳で定年を迎えた会社員たちがその後、どのように定年後の日々を送っているのかを豊富なインタビューも踏まえて浮き彫りにしています。定年によって30数年間の長きに渡る会社員生活にピリオドを打たれ、それまでの人生や生活を一変させられてしまう。定年はその点では残酷な制度のように見えますが、逆に言えば定年制度があるから60歳まで会社での雇用が保証されているという側面もあります。
ではこうした定年制度は今後も残り続けるでしょうか。私はいずれ定年制度を廃止する企業も出てくるのではないかと見ています。余人をもって代えがたいほど優秀だったり会社が成長を続けていたりすれば70歳、75歳になっても正社員として働き続けられるが、会社の状況によっては50代でも、いや40代、30代でも雇用が保証されなくなってしまう、そんな企業が増えていく可能性は決して否定できません。
若い人にとって定年後はずっと先の未来です。しかし今後は定年を迎える以前に、例えば30代でそれまでの人生をリセットせざるを得なくなってしまうかもしれません。本書では朝から晩までテレビを見ている定年後の人たちの姿が描かれています。若くしてそうならないためにも、包丁一本で仕事場を渡り歩けるようなポータビリティの効くスキルを磨いておくことが大切でしょう。

渋谷 和宏(しぶや かずひろ)

渋谷 和宏

しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。

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