ここがポイント! チーズが突然なくなってしまったとき、どんな行動をとるか? 新しいチーズを求めて、行動を起こすときに恐怖心が伴う 変化に対して、少しでも早く察知する力を身につける

チーズが突然なくなってしまったとき、どんな行動をとるか?

本書は1998年に米国で初版が発行されました。時代はまさに「IT革命」の最中でした。新興のIT企業が次々誕生する一方で、職場にもITが浸透し、組織のフラット化や事業の統合が進みました。この結果、長年携わってきた仕事がなくなってしまったり、事業が縮小してしまったりという好まざる変化に見舞われた──すなわちチーズが突然なくなってしまったビジネスパーソンが日本でも米国でも続出しました。
それから約20年、本書が今、再び注目されているのは、ビジネスパーソンの間にAIやロボットの進化がもたらす変化への不安──すなわち仕事や事業というチーズがなくなってしまうことへの不安が広がっているからではないでしょうか。
本書に登場するのは2匹のネズミと2人の小人です。ネズミのスニッフとスカリー、小人のヘムとホーは迷路の中を歩き回り、ついに好みのチーズがあるステーションにたどり着きます。毎日お腹いっぱいチーズを食べ、幸せを満喫しますが、ある日突然、チーズがなくなってしまいました。ネズミのスニッフとスカリーはすぐ新たなチーズを求めて出発します。しかし小人のヘムとホーはその場に居残って「チーズはなぜなくなったのか」「誰が悪いのか」などとあれこれ考え、ついにはふさぎ込んでしまいます。
チーズとは言うまでもなく変化によって失われてしまったものの象徴です。ビジネスパーソンにとっては仕事や事業だったりするでしょう。ネズミのようにすぐに行動を起こせない小人たちに自身を重ね合わせる読者は少なくないはずです。

新しいチーズを求めて、行動を起こすときには恐怖心が伴う

やがてヘムとホーの行動に変化が現れます。ヘムはあくまでもなくなったチーズにしがみつき、「我々のせいでチーズがなくなったんじゃないんだとすれば、我々がそれを補償してもらうべきだ」と主張します。
ホーは最初こそヘムに同調していたものの、ここに留まっていても仕方がないと思い始め、「なぜ、チーズが戻ってくるのを待たないんだ?」と制止するヘムを残して、これまで訪ねたことのない迷路の奥へと新たな一歩を踏み出します。この先には危険が待ち受けているのではないか。チーズは見つからず体力を消耗してしまうのではないか。ホーは恐怖に襲われますが、歩き続けるうちにチーズを探すという目的に向かう行為自体が高揚感をもたらし、愉快な気持ちになっていきます。
このホーの気持ちが変わっていくプロセスの描写は見事です。変化を受け入れ、新たな一歩踏み出す時、人はどんな気持ちになるのか、自分はどうか、そんな風にホーと自分を重ね合わせたり比べたりしながらぐいぐい読み進められます。

変化に対して、少しでも早く察知する力を身につける

今、私は「ホーと自分を重ね合わせたり比べたりしながら」と書きました。本書のポイントはまさにここにあると思います。私たちはチーズがなくなったらすぐ新たなチーズを求めて出発するネズミにはなかなかなれそうにありません。そんな風に行動できたら人生はずっと単純で楽しいはずです。私たちは過去の成功や安寧にとらわれがちで、新たな一歩を踏み出す時にはホーのように恐怖や不安と戦わなければなりません。
逆に言えば、恐怖と戦い、やがてチーズを探す行為が楽しくなっていったホーの姿は、変化を受け入れ、新たな一歩を踏み出そうとする私たちの背中を押してくれるはずです。本書が国を越え、時代を越え、数多くの人たちに読まれてきた最大の理由は、変化に対応する勇気を与えてくれる一冊だからではないでしょうか。
迷路の奥へと進んでいったホーはしばらくしてから、チーズは一夜にして消えてしまったのではないことに気づきます。実はチーズはどんどん少なくなり、残りもしだいに古びて、美味しくなくなっていたのです。ホーのこの気づきもまた大切なことを教えてくれます。ホーがステーションを出てようやく変化に気づいたように、変化を察知するには視点を変えたり、視野を広げたりする必要があるのです。異業種の知人や発想が異なる友人と触れ合うなどして、自らが置かれている状況を俯瞰的に見ることは変化をいち早く察知する上で重要ではないでしょうか。

渋谷和宏のコレだけ覚えて!

大きな変化の波が押し寄せた時。しばらく立ち止まれる蓄積もほしい

もし私が、ステーションで毎日腹いっぱいチーズを食べているホーとヘムに会うことができたらぜひアドバイスしたいことがあります。「ただチーズを食べているだけでなく、ほんの少しでもいいから毎日チーズを貯めたらどうでしょう? チーズを加工するなり、冷凍するなり、貯めておく方法はいろいろあるでしょう?」という貯蓄の勧めです。
私たちが新たな一歩を踏み出さざるを得なくなった時、ホー以上に時間がかかる場合もあるでしょう。新たなスキルを身に付けるには一定期間の研鑚が必要ですし、英気を養うためにしばらく休みたい場合もあるでしょう。もちろんどちらにもお金が欠かせません。AIやロボットなどのテクノロジーの進化やグローバル化の進展など、私たちを取り巻く環境はかつてない激しい変化にさらされています。変化を受け入れ、対応するための「変身資産」を蓄えること。これもまた資産運用の大切な目的であり、かつメリットではないでしょうか。

渋谷 和宏(しぶや かずひろ)

渋谷 和宏

しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。

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