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経済ジャーナリスト・渋谷和宏が解説! 変化を恐れず新たな一歩を踏み出すための一冊
2019.4.175分で読む、マネーの名著
2004年4月1日、グーグルは無料のウェブメールサービス、Gメールを始めると発表しました。「1ギガバイトの保存容量が無料」。それを聞いて強い危機感を抱いたのはヤフーです。当時、約1億2,500万人のユーザーが利用していたヤフーメールは、無料版の保存容量を10メガバイト(1ギガの約100分の1)にとどめ、それ以上の容量が必要なユーザーから料金を徴収することで利益をもたらしていました。Gメールの台頭は、このビジネモデルを突き崩すものでした。苦渋の選択を迫られたヤフーは同年末、グーグルと同じ「1ギガバイトまで無料」のサービスの提供を決断し、3年後には無料の容量を無制限にしました。
グーグルとヤフーの激しいつばぜり合いは、本書のテーマである「デジタル時代のFREE(無料)からお金を生み出す新戦略」の本格的な始まりを告げる動きでした。
もちろん、デジタル技術が登場する以前にも無料の商品やサービスはありました。本書の冒頭にも、安全カミソリ本体を無料で配り、替え刃で莫大な収益を得たシェーバー販売会社や、無料のレシピ本を頒布して商品の売り上げを伸ばした食品会社の事例が紹介されています。
しかし著者のクリス・アンダーソン氏は、デジタル技術がもたらす21世紀の「フリー<無料>」は、それら20世紀のマーケティング手法としての「フリー<無料>」とは異なると明言します。「(21世紀のフリーは)将来の売り上げのためのエサではなく、本当にタダなのだ。たいていの人は、グーグルのサービスを毎日何かしら利用しているが、その利用料金がクレジットカードの請求書に現れることはない。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のフェイスブックを使っても料金メーターが動くことはないし、ウィキペディアも無料だ」。
ではなぜ「本当にタダ」にできるのか。デジタルの世界では情報処理のコストも通信のコストも劇的に下がり続けています。この結果、オンラインで提供される情報やサービスのコストも、競争を通じて限りなくゼロに近づいていくからだと著者は指摘します。
そんな激しい変化と競争にさらされながら、どうすれば企業は「フリー<無料>」からお金を生み出せるのか。著者は豊富な実例を参照しながら、以下の3つの手法を紹介します。
一つ目は、あるモノやサービスを売るために、他の商品を無料にして客を誘う手法です。アメリカの小売り大手会社が盛んに行った「DVDを1枚買えば、2枚目はタダ」のようなキャンペーンがそれに当たります。その際、「フリー<無料>」で生じた逸失利益は他の商品やサービスの売り上げでカバーするので、著者はこの手法を「直接的内部相互補助」と、いささか難しい言葉で呼んでいます。
二つ目は、広告で収入を得る手法です。私たちが地上波のテレビを無料で楽しんだり、実際にかかったコストよりもはるかに安い値段で新聞や雑誌を購入できたりするのは、テレビ局や新聞社、出版社が広告収入を得ているからです。ただし企業が広告に使った費用は商品に上乗せされた形で消費者が支払うことになります。情報の提供者(メディア)、広告主、消費者の三者によって「フリー<無料>」のビジネスが成り立っているところから、著者はこの手法を「三者間市場」ビジネスと呼んでいます。現在、無料のウェブサイトの多くはこの「三者間市場」ビジネスによって運営されています。
三つ目は、「フリーミアム」と呼ばれる手法です。「ソフトウエアでフリー版を一般ユーザーに配布し、いくつかの機能を加えたプロ版・プレミアム版を有料版として販売する」「一部の記事を無料で読めるようにして有料会員を募る」などの無料と有料課金を組み合わせたオンラインビジネスがこれに当たります。
20世紀にも似た手法はありました。例えば無料サンプルを配り、販売に結び付ける試供品マーケティングです。しかし、デジタル時代のフリーミアムには決定的な違いがあります。試供品を製造するにはコストがかかるので少量しか配れませんでしたが、オンラインビジネスでは無料利用の読者・利用者が圧倒的多数を占めます。情報の提供コストが限りなくゼロに近づいている上に、オンラインビジネスは参加者が多いため、有料ユーザーの割合が小さくても実数は膨大なので収支がプラスになる可能性を期待できます。著者は「典型的なオンラインサイトには五パーセント・ルールがある。つまり、五パーセントの有料ユーザーが残りの無料ユーザーを支えているのだ」と言います。
デジタル技術がもたらす21世紀の「フリー<無料>」は私たちの消費行動にどんな影響をもたらすのでしょうか。無料のコンテンツやサービスが広がれば広がるだけ、私たちの選択肢は増えていきます。なぜならお金の制約が無くなるからです。一方で、私たちは誰もが時間の制約を抱えています。
本書にはスティーブ・ジョブズ氏の示唆に富んだ発言もが紹介されています。「P2Pのサービスで音楽をダウンロードすれば、問題のあるファイルフォーマットを扱うことになりやすい。アルバム情報がなかったり、目当てでない音楽がダウンロードされたり、音質が悪かったりする可能性がある。お金を払わないために時間をかけることは、『最低賃金以下で働いていること』を意味するのだ」。
つまり、お金のかわりに時間をかけてほしいものを手にします。しかし、「年をとって時間とお金の関係が逆になると、正規のダウンロードにかかる99セントはたいした金額に思えなくなる」と著者は指摘します。
「手間と時間がかかってもフリーを享受するか」「お金で時間を買うか」──そんな二者択一を迫られる機会が増えるのは間違いありません。
手数料無料のノーロード投信など金融商品にも広がる「フリー」を活用しよう
「フリー<無料>」の波は金融商品にも及んでいます。購入時の手数料(買付手数料)がフリー。つまり無料のノーロード投資信託はその代表でしょう。なぜ手数料を無料にできるのか。大きいのはやはりネットの存在です。ネット上で売買することで、商品説明や事務手続きなどにかかる人件費を削減できるようになりました。将来に向けての投資・運用を考える上で、金融商品にも広がるフリーを活用するメリットは大きいと思います。手数料がフリーなのでその分、利益を上げやすいですし、長期にわたる積立投資とも相性が良いからです。
投資という点では、ネット上には無料で英語を学べるサイトなど、ただで自己投資ができるサイトもあります。フリーはあなたの可能性を高めてもくれているのです。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。
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