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2019.7.175分で読む、マネーの名著
本書は、弱小野球部の女子マネージャーとなった主人公のみなみが、ドラッカーの『マネジメント』を読み、そこに書かれているマネージャーという存在を自分のことだと勘違いして、ドラッカーの理論を頼りに野球部を強化し、甲子園を目指す物語です。
これだけ聞くと荒唐無稽なストーリーに思えるかもしれません。
しかし公立高校の弱小野球部が、ドラッカーによるマネジメントの考え方を取り入れることで徐々にチーム力をつけていく内容には真実味があり、企業・組織にとっても参考になるヒントに満ちています。
ドラッカーの『マネジメント』を読んだみなみはまず、高校の野球部の「顧客」は誰なのか、高校の野球部が「顧客」にすべきことは何なのかを真剣に考え始めます。
そのきっかけは『マネジメント』に書かれていた次の文章でした。
「1930年代の大恐慌のころ、修理工からスタートしてキャデラック事業部の経営を任されるにいたったドイツ生まれのニコラス・ドレイシュタットは、『われわれの競争相手はダイヤモンドやミンクのコートだ。顧客が購入するのは、輸送手段ではなくステータスだ』と言った。この答えが破産寸前のキャデラックを救った。わずか二、三年のうちに、あの大恐慌時にもかかわらず、キャデラックは成長事業へと変身した」
ニコラス・ドレイシュタットは自分たちの「顧客」が「ダイヤモンドやミンクのコートを買うお客さん」であり、自分たちが生産する自動車は単なる輸送手段ではなくステータス、つまり社会・経済的地位の証でもあるのだという考えに行き着きます。
ドラッカーは、ニコラス・ドレイシュタットによる「顧客」の発見と、「顧客」に提供する自動車の「価値」の再定義によってキャデラックが復活したと指摘したのでした。
みなみはニコラス・ドレイシュタットにならって野球部の「顧客」は誰かを徹底的に考え始めます。導き出したのは「野球部の運営のための資金や施設を提供してくれたり、協力したりしてくれる親、先生、学校、高校野球連盟、高校野球ファン、さらには「野球部員自身」でした。
そこから「顧客」に対して高校の野球部がすべきことは「感動を与えること」だと、みなみは思い至ります。
そして、「感動を与えるための組織」という高校の野球部の定義にもっともかなう目標として、「甲子園に行く」を打ち出します。
次にみなみが取り組んだのはマーケティングです。『マネジメント』にこう書かれていたからです。
「企業の目的は顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす」
「真のマーケティングは顧客からスタートする。(中略)『われわれは何を売りたいか』ではなく『顧客は何を買いたいか』を問う」
みなみは、顧客である野球部の監督や部員一人一人に対して、野球部に対して何を求めているのかを親友の夕紀に手伝ってもらいながら聞き出し、部員たちが積極的に参加したくなるような、魅力的かつ効果の大きい練習メニューを作り上げていきます。
みなみの挑戦は終わりません。次に取り組んだのが、「イノベーション」でした。
「イノベーションの戦略は、既存のものはすべて陳腐化すると仮定する。したがって既存事業についての戦略の指針が、よりよくより多くのものであるとすれば、イノベーションについての戦略の指針は、より新しくより違ったものでなければならない」
『マネジメント』に書かれていたイノベーションの戦略を読んだみなみは、これまでの高校野球の常識を覆す「ノーバント、ノーボール作戦」──バッターは送りバントをせず、ピッチャーはボール球を投げない戦術を開発します。
マーケティングによって顧客(部員)本位の練習メニューを作り上げ、イノベーションによって常識を打ち破る戦術を開発した弱小野球部は、試合を積み重ねるごとに実力を伸ばし、甲子園出場も夢ではない強豪チームへと成長していきます。
この間の描写は本当にわくわくしますが、一方で、これは日本企業への応援歌なのではないか、との思いも湧き上がってきます。
かつて日本企業は独創的な製品を次々に開発し、世界中の顧客・消費者の心をつかんできました。
ソニーのウォークマンしかり、任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)しかりです。
日本企業にもう一度、イノベーターとしての栄光を取り戻してほしいと思うのは私だけではないでしょう。
みなみは、一方で権限移譲も行います。起業家志望の部員・正義を選手からマネジメントする側のチームに引き入れ、野球部を強くするための様々なアイデアを実行させたのです。
正義は「他の部との合同練習」「少年野球部員への野球教室開催」「強豪私大野球部メンバーによる講演依頼」など、次々に斬新な取り組みに挑みます。
みなみは、正義のアイデアに対して時に疑問に思うことがあっても、それを口には出さず、ほとんど無条件で手伝いました。
正義が新しいことをやろうとしているのがよく分かったからです。
だからこそ、彼の意欲や士気を大切にしようとしたのです。
『マネジメント』にはこうあります。
「成果とは百発百中のことではない。(中略)成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を信用してはならないということである。それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者である」
失敗を恐れず、挑戦し続ける──そうした姿勢を貫いた野球部は、甲子園出場を懸けた決勝戦へとコマを進めます。
はたして、その結果は!?
ぜひ本書を手にとって読んでみてください。
未来の自分という「顧客」のために何ができるか
ドラッカーのマネジメント論の基本は「顧客は誰なのか」をとことん考えるところにあります。
では私たちの資産運用においては、私たちの「顧客」とは誰なのでしょうか。
私は「未来の自分」だと考えています。
未来の自分のために、今の自分は何をすべきなのかを問うのが資産運用のマネジメントではないでしょうか。
これはお金だけに限りません。
仕事や家族、友人との関係などについても、未来の自分は「どんな事をしていたいか」「家族とはどんな関係でいたいか」をイメージして、今の自分がすべきことを考えることが重要でしょう。
具体的には将来のために今どんなスキルを磨くべきか、家族と幸せに暮らし続けるために日々どう接するか、などを問い直してみるということです。
お金も仕事も家族も長期の視点でマネジメントする必要があることを本書は教えてくれます。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。
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