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2019.10.235分で読む、マネーの名著
本書には、「人を動かす」上での重要な原則が3つ紹介されています。
1つ目は「他人には他人の考えがあると理解すること」です。どんな人間も、それぞれその人なりの考えを持っていることを示すため、著者はその極端な例として、ある凶悪な殺人犯のエピソードを紹介します。
その殺人犯は、刑を受ける直前にこう言いました。「自分の身を守っただけのことで、なんでこんな目にあわされるんだ」。このエピソードから見えてくるのは、許しがたい極悪人にさえ、彼なりの言い分があるという事実です。もちろん身勝手な考え方です。しかし彼は自分だけが悪いとは決して思っていませんでした。
それぞれ違う考えを持つ他人に自分の考えを押し付けても、人は動きません。むしろ反発して逆効果になってしまうと著者は言います。
ではどうすれば人を動かせるのか。著者は2つ目のポイントとして「相手に重要感を持たせること」と指摘します。その人のよいところを誉め、自ら動きたくなる気持ちを起こさせることが重要だと言うのです。
相手に重要感を持たせることで、一人の人間の人生が変わる話として、ある少年のエピソードが紹介されています。
ある学校の教師が、授業中に逃げた実験用のネズミを探す役目を、目が不自由な生徒に頼みました。彼が素晴らしく鋭敏な耳の持ち主だと知っていたからです。初めて自分の能力を認められた彼は、その後、才能を生かして偉大な歌手になりました。彼の名前はスティーヴィー・ワンダーです。
ここで大切なのは、お世辞ではなく、心から称賛することです。心からの称賛は人を喜ばし、人を動かします。逆にその場限りのお世辞は相手に見抜かれ、距離を置かれてしまうでしょう。
3つ目は「常に相手の立場に身を置き、相手の立場から物事を考える」ことです。
「人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。これを忘れては、人を動かすことはおぼつかない」と著者は言います。
この方法を心得ていると、「子牛でも意のままに動かせる」と筆者は指摘し、こんなエピソードを紹介します。
ある親子が子牛を小屋に入れようと、息子が子牛を引っ張り、父が後ろから押しました。しかし、子牛は四肢を踏ん張って動こうとしません。見かねたお手伝いは、子牛が何をほしがっているか考え、自分の指を子牛の口に含ませ、それを吸わせながら、優しく小屋へ導き入れたのです。
人を動かす最善の方法は、自分の都合だけを考えるのではなく、相手が何を求めているかを考えてあげることなのです。
また、本書では、人に好かれるための原則として「聞き手にまわる」ことをすすめています。
著者は、人の話を聞く名手として知られたハーバード大学教授のチャールズ・エリオット博士が、商談の秘訣について聞かれた時の言葉を紹介しています。
「商談には特に秘訣などというものはない。ただ、相手の話に耳を傾けることが大切だ。どんなお世辞にも、これほどの効果はない」。
それにも関わらず、相手の立場を考えずに、自分の話ばかりをしてしまう人が多い、と著者は嘆きます。
さらに著者は、「人に嫌われたり、陰で笑われたり、軽蔑されたりしたかったら、次の条項を守るに限る」と逆説的に紹介しています。
一、相手の話を決して長く聞かない
一、終始自分のことだけをしゃべる
一、相手が話している間に、何か意見があれば、すぐに相手の話をさえぎる
一、相手はこちらより頭の回転が鈍い。そんな人間の下らないおしゃべりをいつまでも聞いている必要はない。話の途中で遠慮なく口をはさむ
そして、「そういう人間は、自我に陶酔し、自分だけが偉いと思い込んでいる連中だ」と結びます。
もしも著者が生きていたら、時代の流れに合わせて新しい事例を取り入れながら、改訂を続けていたに違いないでしょう。
現代では、コミュニケーションの手段としてSNSが盛んに活用されています。時にはSNS上で議論や口論が始まったり、批判が殺到して“炎上”したりすることがありますが、著者はこれについても貴重な示唆を与えてくれます。
著者はあるパーティーに招かれた時、隣り合わせた男と議論になりました。その彼が「聖書の言葉だ」として挨拶に引用した文句を、著者は「シェイクスピアの言葉だ」と指摘したのです。彼が誤っているのは明らかでしたが、彼は気分を害し、著者に反論しました。
そのパーティーの帰路、友人が著者をたしなめました。「僕たちは、めでたい席に招かれた客だよ。なぜあの男の間違いを証明しなきゃならんのだ。証明すれば相手に好かれるかね? 相手の面子のことも考えるべきだよ」。
この教訓を生かし、著者はその後研鑽を重ね、議論に勝つ最善の方法は、議論を避けることだと得心します。
「議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったとしても、やはり負けているのだ。なぜかと言えば――仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなる?――やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう」。
SNS上で、相手に対して議論をふっかけたり、誤りを厳しく指摘したりする人がいます。しかし、著者に言わせれば、その議論に勝てても、それはむなしい勝利でしょう。相手の称賛や好意を勝ち取ることはできないのですから。
一時的なマーケットの下落に感情的にならず、冷静に見守る姿勢を学ぶ
カーネギーの教えは、資産運用をしている「自分」と「市場(マーケット)」の関係に当てはめて考えてみても示唆に富んでいます。たとえば、市場の動きが不本意なときは「聞き手にまわる」ことを思い出してみたらどうでしょうか。
短絡的に行動せず、まず相手の言葉すなわち市場の値動きに耳を傾けてみるのです。価格の下落が何の要因によるものなのか、一時的な動きなのかどうか、冷静に観察することで見えてくるものは少なくないはずです。不安など一時期の感情に振り回されず、長期的な視点を持って運用することは、あなたのリスクへの抵抗力を高めてくれるでしょう。
カーネギーの教えの基本にあるのは「Think before Speaking(話す前に熟考せよ)」でしょう。
同じように運用の基本は「Think
before Action(行動する前に熟考せよ)」と言っていいのではないでしょうか。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。
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