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経済ジャーナリスト・渋谷和宏が解説! 「正義とは何か?」「生きる上で大切な価値とは何か」を学べる一冊
2019.12.185分で読む、マネーの名著
本書は、著者の松下幸之助氏が折に触れ、感じた思いを綴った121篇の短編随想集です。
松下幸之助氏は、9歳で単身大阪にわたり、自転車店などで店員として働いた後、1918年、23歳で松下電器産業(現パナソニック)を創業しました。一代で日本を代表する企業グループを築きあげ、「経営の神様」とも呼ばれた経営者です。
本書からは、松下氏が一生を通じて変わらぬ「パイオニア精神」の持ち主であったことがよく伝わってきます。「経営の神様」は常に新しいものを求め、開拓者精神を忘れない挑戦者でした。
その象徴が、随所に出てくる「変わることに恐れをもたない。むしろ自在でありたい」という言葉です。
一般的に、一代で大企業を築き上げた成功者は、やがて自らの成功体験に固執して保守的になり、それまでの既成路線から外れたくない、変わりたくないと考えてしまいがちです。そのようにして会社を傾かせ、晩節を汚してしまった経営者を私自身、何人も知っています。
しかし、松下氏は変化を恐れませんでした。それどころか困難にぶつかった時には、まず自らが変わることで局面を打開しようとしました。仕事や事業に行き詰まった時、「まず自分のものの見方を変えることである」と松下氏は明言します。
「人は無意識の中にも一つの見方に執して、他の見方のあることを忘れがちである。そしてゆきづまったと言う。(中略)われわれはもっと自在でありたい。(中略)深刻な顔をする前に、ちょっと視野を変えてみるがよい。それで悪ければ、また見方を変えればよい。そのうちに、本当に正しい道がわかってくる」
私たちは仕事で様々な壁にぶつかります。頑張っているのに営業成績が上がらない。自信を持って提案した企画が通らない。上司あるいは部下とのコミュニケーションがうまくいかない……。こんな時、松下氏が言うように、それまでのやり方や考えからいったん離れてみるのは効果的な対処法でしょう。
営業成績が上がらないのなら、思い切ってターゲットを変更してみる。企画が通らないのならその理由を聞き、一から内容を練り直す。上司や部下とのコミュニケーションがうまくいかないのなら、彼らの話に熱心に耳を傾けるなど、接し方を変えてみる……。
それまでのやり方や考えに固執してしまうと、「環境が悪い」「上司・部下が悪い」と責任を転嫁してしまいがちですが、松下氏にすればそれは最悪の対処法でしょう。
外部や他者を責めても事態はいっこうに改善されないからです。
仕事や人生で困難にぶつかった時には「まず自分のものの見方を変えること」。これは松下氏ならではの実践的かつ実利的な仕事・人生哲学と言ってもいいでしょう。
本書には他にも、生涯にわたり事業・経営に真摯に向き合ってきた経営者ならではの、重みのある言葉が散りばめられています。
たとえば、「進むもよし、とどまるもよし。要はまず断を下すことである」。
仕事においても、人生においても、大事な決断であればあるほど、私たちは結論を先延ばししたい誘惑に駆られがちです。熟慮は必要だが、決断を恐れて先延ばししていたら成功はおぼつかないと言うのです。
そして、こう続けます。「事を成す人は、必ず時の来るのを待つ」。
人は決断を下した後、それが思い切った決断であればあるほど、すぐに成否を判断したくなりますが、短兵急に結果を裁定するべきではないと松下氏は指摘します。焦らず、じっくりと成否を見極め、場合によっては時が来るのを信じて、じっと待つ──成功には「決断を下す」勇気と、「焦らず時を待つ」勇気の2つが必要だと言うのです。
本書には「謙虚」という言葉もしばしば登場します。松下氏は「謙虚」であることが、私たちを成長させ、仕事や人生での決定的な失敗から私たちを守ってくれるのだと繰り返し指摘します。
例えば、こんな言葉です。「三べん事を画して、三べんとも成功したら、これはちょっと危険である」。
仕事や事業で三度も続けて成功すると、謙虚さがなくなり、他人の意見が耳に入らなくなってしまいかねません。そんな状態になることが何よりも危険だと言うのです。
実はこの指摘は、私自身、胸に突き刺さりました。
私がビジネス誌の編集長をしていた時のことです。3号続けて特集が大当たりし、完売に近い売り上げを達成したことがありました。私は次の号も、さらにその次の号もヒットするはずだと、似たようなスキルアップをテーマにした特集を打ち出しましたが、次号では部数を下げてしまいました。うぬぼれてしまっていた私は、スキルアップの特集が読者からそろそろ飽きられていることに気づかなかったのです。
うまくいっている時こそ、自らの驕りを戒め、襟を正してお客さまである読者に接しなければなりません。それを痛感した体験でした。
また謙虚であることについて、松下氏は「自分の周囲にある物、いる人、これすべて、わが心の反映である」と指摘します。
上司や同僚、部下の言うことに耳を傾け、謙虚な姿勢で接すれば、相手もこちらに対してそのように接してくれます。逆に謙虚さを忘れてしまえば、相手もこちらの言うことに耳を貸してはくれないでしょう。
あなたがもし職場のリーダーだとしたら、職場全体のコミュニケーションや活力が停滞し、成績に悪影響さえ及ぼすかもしれません。
ある有名なコピーライターの方が「常に謙虚で機嫌のいい人と一緒に仕事をしたい」とおっしゃっていました。謙虚さを忘れず機嫌よくしていれば、優れた人たちが集まってきてくれるはずです。
起業家、経営者として大正・昭和の時代を駆け抜けた松下氏は平成元年(1989年)に94歳で没しましたが、その言葉は時代を超え、今でも多くのヒントを私たちに与えてくれます。
相場で3度成功したときこそが危ない
謙虚であることは、投資・運用にも欠かせません。投資・運用での失敗から私たちを守ってくれると言ってもいいでしょう。
「三べん事を画して、三べんとも成功したら、これはちょっと危険である」という言葉は投資・運用にも当てはまります。
もし何度か繰り返し大きなリターンを得て、「私には相場を見抜く力がある」などとうぬぼれてしまったら、自らの驕りを戒め、慎重に、かつ長期の視点での運用を心がけた方が良いでしょう。
短期の売買でさらに大きなリターンを得ようとして、逆に損失を被ってしまうリスクがあるからです。
松下氏の「失敗の連続もかなわないが、成功の連続も危ない」という言葉は、真実をついた言葉だといえます。成功しているときこそ、謙虚さを忘れないことは、投資の世界でも大切なことです。
そもそも一朝一夕で投資を成功させることは難しいものです。地道に積み立てをしながら、じっくりと力を養い、大きな結果に結びつくよう時を待つ。これこそが、投資・運用の王道だとあらためて気づかせてくれます。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。
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