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経済ジャーナリスト 渋谷和宏が解説! 物事との向き合い方を学べる一冊
2020.8.55分で読む、マネーの名著
本書は、著者のアレックス・バナヤン氏が、大成功を収めた著名人たちへのインタビューにこぎつけるまでの悪戦苦闘ぶりと成長を綴ったノンフィクションです。
医学部に入学した著者は、自分には医者になりたい気持ちが全く無かったことに気づきます。
悩んだ著者は成功者の伝記を読み漁りますが、そこには彼ら彼女らが「どのようにして世に出たのか」が書かれていませんでした。
著者は閃きます。「誰も書いていないのなら、自分で書けばいい」
そして、アメリカでも極め付けの著名人たちに接触を試みました。その経験を通じて、著者はある重要な考えに至ります。
「人生、ビジネス、成功。常に3つの入り口が用意されている」
著者が言う1つ目のドア(ファーストドア)は「正面入り口」です。
入社試験や、資格試験に代表される正規の入り口で、いつも長い行列ができています。
「99%の人」が1つ目のドアを選択するからです。
2つ目のドア(セカンドドア)は「VIP専用入り口」で、億万長者や名家の子弟などごく一部の選ばれた人のみが利用できる特別な入り口です。
3つ目のドア(サードドア)は、「行列から飛び出し、裏道を駆け抜け、何百回もノックして窓を乗り越え、キッチンをこっそり通り抜けたその先に必ずある」入り口です。
既存のシステムや常識にとらわれることなく、信じる道を懸命に
走り続けた人にのみ、サードドアは現われると言います。
著者は、著名人の多くがサードドアから人生を切り開き、成功への道を歩み始めていたと気づいたのです。
この考えは投資・運用にも参考になるでしょう。自らのお金を守り、増やす手段は多種多様です。
固定観念にとらわれず、視野を広げる姿勢こそ、自分にあった投資法を見つける第一歩だと言えるのではないでしょうか。
サードドアから成功への道を歩み始めた著名人の代表として著者が紹介するのは、世界で最も成功した映画監督・プロデューサーのスティーブン・スピルバーグ氏です。
スピルバーグ氏の輝かしいキャリアは、17歳の時の「常識外れの行動」から始まりました。
ユニバーサル・スタジオをバスで巡るツアーに参加した彼は、トイレに隠れてバスが去るのを待ち、1人でスタジオ内を探索しました。そしてスタッフの一人と知り合い、3日間の通行証をもらったのです。
彼はその3日間でスタジオ内に人脈を広げ、通行証が無くてもスタジオに出入りできるようになりました。
そして、21歳の時に完成させたショートフィルムがユニバーサル・スタジオの上層部に評価され、ハリウッド史上最年少で大手スタジオの映画監督となったのです。
スピルバーグ氏は「行列から飛び出し、何百回もノックして窓を乗り越え、キッチンをこっそり通り抜けたその先に必ずある」入り口を開けたというわけです。
では、なぜ彼にはそれができたのでしょうか?
著者は小説『ハリー・ポッター』の台詞を引用してこう指摘します。
「君が何者であるかは、君の持っている能力ではなく、君の選択によって決まる」
成功への扉を開けるのは、お金や特別な才能ではなく「選択する力」だと著者は言うのです。
著者が手放しで称賛する、若きスピルバーグ氏のエピソードに対しては、眉をひそめる人もいるかもしれません。
「ルール違反」とつまみ出されなかったのは、スピルバーグ氏に周囲がほだされてしまうほどの映画への情熱とコミュニケーション能力があったからです。
その意味では、17歳のスピルバーグ氏にしかできないサードドアのこじ開け方だったと言っていいかもしれません。
この姿勢も投資・運用の参考になります。自らのお金を守り、増やすために重要なのは、自分に合った投資・運用手段を選択することです。
収入やライフスタイル、価値観、人生のステージなどを考慮して、多種多様な商品の組み合わせの中から自分ならではの選択肢を見出すこと。
これもまた投資・運用を成功させるポイントの1つでしょう。
著者はインタビューに至るまでに失敗も経験します。
投資家ウォーレン・バフェット氏へ依頼の手紙を何度も送りますが、返事はいつも「ノー」でした。
粘り強くコンタクトを試みた著者は、バフェット氏のアシスタントの好意で、株主総会に出席させてもらいます。
そして、氏のもとで働いていたと言う人物から聞いた情報をもとに質問しました。
「バフェットさん、あなたは大事なことにエネルギーを集中するために、達成したい25のことを書きだして、そこから上位5つを選んで残りの20個は断念するらしいですね。僕は、あなたがなぜそんなリストを思いついたのかにすごく興味があります。それと、優先順位を決める何か別の方法をお持ちでしたら、それも教えてください」
バフェット氏は答えます。
「私の方こそ、君がどうやってそんなリストを思いついたのかを教えてもらいたいものだ!」
リストの話はバフェット氏のもとで働いたと言う人物の作り話でした。さらに働いていたこと自体も嘘だったのです。
著者は傷つきますが、同時にこうも思います。
「彼は真実を歪めたが、僕にも下心があった。彼と親しくなった唯一の理由は、バフェット氏に会うためだ。僕に下心があって正直でなかったことが、彼を追い詰めたのだ」
著名人たちへのインタビューを実現しようと悪戦苦闘するうちに、著者は成長を遂げ、人を
これもまた投資・運用に通じる話でしょう。経済情勢や市場を読む洞察力は、投資・運用経験によっても磨かれていくからです。
その時々の損得より、長い目で見た時の利益を優先しよう
本書のクライマックスで、筆者はビル・ゲイツ氏に接触を試み、ついに単独インタビューを実現しました。
マイクロソフトを創業したゲイツ氏は1980年、IBMとOS(基本ソフト)の提供についての契約を結びます。
彼が25歳の時に行ったこの決断が、マイクロソフトの成功を決定づけました。
ゲイツ氏はIBMに高額の契約金を要求しませんでした。フェアな契約を結ぶことで、業界での信用と信頼を獲得し、その後の契約に結び付けようと考えたのです。
「IBMと契約すればそれなりの収益が入る。でも新規参入してくる他の企業群との契約は、それ以上の収益になるんだ」とゲイツ氏は著者に言います。
その時々の損得だけではなく、長期の利益に結びつくような選択をする──これは投資・運用にも通じる重要な視点でしょう。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。