目の前の小さな目標より、長期的で大きな目標を持つ

著者のティナ・シーリグ氏はスタンフォード大学の著名な教授です。彼女が担当する起業家精神やイノベーションについての講座は、全米の起業家育成コースの中でトップクラスの評価を受けています。

本書には、それらの講座のエッセンスが盛り込まれています。とりわけ「起業家として成功するためには何をしたらいいのか?」や「人生の目標を達成するためには何が必要なのか?」などの実践的なアドバイスは独創的かつ刺激的で、学生だけではなく社会人にも参考になるものばかりです。
その中から3つ、紹介していきましょう。

まず、著者は「目の前の小さな目標を決めるよりも、長期的かつ大きな目標を掲げた方が成功の確率は高い」と言います。

これは私たちの常識や固定観念を覆す指摘だと言えるでしょう。多くの人は「目標は大きくなればなるほど達成困難になる」と思っているはずです。

著者はグーグルの共同創業者であるラリー・ペイジ氏の言葉を引用して、長期の大きな目標を掲げた方が成功しやすい理由を説明します。

「小さな目標を決めるよりも、大きな目標を掲げた方が楽なことが多い。小さな目標の場合、達成する方法は限られており、それをはみ出るとうまくいかない。一方、大きな目標であれば、時間や労力をたっぷりかけられるし、達成する方法も多い」

彼女は具体例を挙げてペイジ氏のこの言葉を解説します。

「サンフランシスコからカブールに行く場合を考えてみましょう。経路は何通りもあります。それなりのお金や時間がかかるのは覚悟のうえ、計画どおりにいかなければ臨機応変に対応するでしょう。これが街の反対側に行くのだと、通る道は決まっていて、できるだけ早く着くことしか考えないのではないでしょうか? 何らかの理由で、その道が通行禁止になっていたらイライラしてきます」

このアドバイスは運用・投資にも参考になるでしょう。短期間で大きな利益を実現しようとすると、どうしても選択肢はハイリスクな運用手段に限られてしまいます。
しかし長期的視点で考えれば、様々な金融商品を組み合わせたり、複利を活用したりするなど、様々な方法を選択できます。計画通りに行かなくても、途中で運用手段を臨機応変に変えられるでしょう。

著者はこのようにまず私たちの固定観念や常識を疑ってみることを勧めます。

成功には一直線にたどりつかない。失敗から学ぼう

著者は次に「これまでに達成した成功体験より、犯した失敗に目を向けるべきだ」と言います。

本書には、授業で学生たちに「失敗のレジュメ」を書かせたエピソードが紹介されています。このレジュメでは、仕事上の失敗や学問上の失敗など、自分が忘れていた過去の過ちを思い出し、どうすればよかったかを書き出すのです。

成功体験を書くことに慣れ切った学生たちは、この課題を出すと呆気にとられてしまいます。
しかしレジュメを書き終えると、失敗から学ぶことの大切さを知り、卒業してからも「失敗のレジュメ」を書き続ける教え子が少なくないというのです。

著者は言います。「少々無理して自分の能力を伸ばそうとしたとき、何か初めて取り組んだとき、リスクを取ったとき、失敗から学べることはたくさんあります。挫折すれば学習するし、おなじ過ちを繰り返さない可能性が高まるからです。失敗はまた、その人がスキルを広げる挑戦をした証でもあります。じつは成功者の多くは、失敗の経験がない人について、十分なリスクを取っていないからだと考えているのです」

著者はアップル創業者スティーブ・ジョブズ氏の挫折と、それがあったからこその成功を例に挙げます。

ジョブズ氏は1985年、当時のCEO(最高経営責任者)であるジョン・スカリー氏と対立し、スカリー氏に追い出されるようにしてアップルを去ります。その後の数カ月間、ジョブズ氏は茫然自失の状態だったそうです。
しかし、やがて自分がどれほど仕事を愛していたかに気づき、一からやり直そうと決意します。その後、NeXTという会社を立ち上げ、映像制作会社のピクサー(現ピクサー・アニメーション・スタジオ)を設立。同社は1995年に世界初のフルCG(コンピューター・グラフィックス)アニメーション映画「トイ・ストーリー」を製作するなど大成功を収めます。
ジョブズ氏は1997年にアップルに復帰し、同社を復活に導きます。

ジョブズ氏は言います。「わたしがアップルを追い出されていなければ、これらのことは何ひとつ起こらなかったと断言できます。おそろしく苦い薬でしたが、わたしという患者には必要だったのでしょう」

お金の運用・投資にも失敗はあり得るでしょう。しかし「どこに判断ミスがあったのか?」「なぜ判断を誤ったのか?」をしっかり分析し、教訓として生かせれば、きっと糧にできるはずです。

迷った時には将来どう思うかを考えて判断する

人生は、仕事も生活も決断、選択の連続です。長期的に物事を捉え、失敗から学びながらも、著者は最後に、将来どう思うかを考えて判断することの大切さを説きます。
とりわけ迷った時には「将来そのときのことをどう話したいのかを考えたらいい。将来、胸を張って話せるように、いま物語を紡ぐのです」と言います。

著者は、1人の学生がアドバイスを求めてきた時のエピソードを紹介します。
彼が実行委員長を務める「事業企画コンテスト」では各チームが7カ月にわたって事業のアイデアを競い合い、最終審査にたどりつきます。
しかし、その当日にあるチームが遅刻してしまうのです。
理由は、自分たちのプレゼンテーションの予定時刻を知らなかったからでした。

その時、2つの選択肢があると学生は考えていました。ルールに則りこのチームを失格にするか、柔軟に対応して、プレゼンテーションの時間を別に設けるかです。
彼は本音ではルールに則るべきだと考えていました。ほかのチームは予定通りに来たわけですし、スケジュールを調整し直すのも面倒です。

著者は実行委員長を務める学生に一言だけアドバイスしました。「どんな決断をするにしろ、後々、納得できる決断をしてほしい」と。就職の面接で、判断の難しい状況にどう対処したかを聞かれたとき、このプロジェクトについてどう答えるかを考えるように促したのです。
彼は遅れてきたチームに、プレゼンテーションの時間を与えました。

迷った時には将来そのときのことを人にどう話したいかと考え、一歩引いて判断する。
これは自分自身を客観視する上でも、長期の視点で仕事や生活を考える上でも、とても役立つアドバイスではないでしょうか。

渋谷和宏のコレだけ覚えて

運用・投資にも役立つ、将来から逆算する思考

迷った時には将来そのときのことを人にどう話したいかと考え、一歩引いて判断する──将来から逆算する思考法は、運用・投資にも役立ちます。

投資信託や株、債券などの金融商品の価格(評価額)には波があります。経済情勢によって相場が不安定になると、株や投資信託などの価格は乱高下します。そんな時には「損失が大きくならないうちに損切りしよう」「利益が出たので確定しよう」と焦ってつい売却したくなります。
しかしそこで一歩引いて「1年後あるいは2年後、自分の判断が正しかったと胸を張れるかどうか」と考えてみるのです。それだけで、より冷静な判断を下せるはずです。

さらに金融商品を選択する際にも、「5年、10年の期間で見た時、これらの企業は世界の持続可能な成長に大きく貢献しているはずだ」といったように将来から逆算する思考法が活用できるでしょう。

  • 2020年9月現在の情報です。今後、変更されることもありますのでご留意ください。
渋谷 和宏

渋谷 和宏

しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。

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