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経済ジャーナリスト 渋谷和宏が解説! 経済と道徳の両立について学べる一冊
2021.3.35分で読む、マネーの名著
本書は、京都大学で客員准教授を務める瀧本哲史氏が同大学の1、2年生に教えていた「意思決定の授業」を1冊にまとめたものです。
著者は、今、最も身につけるべきは「意思決定の方法」であると言います。とりわけ若い人たちにとって「ありとあらゆるジャンルにおいて、自分で考え、自分で決めていかなければならない場面が増えていく」ため、大切だと言うのです。
なぜなら、以前の日本では「新卒で大企業に入れば、10年後に係長、20年後に課長、30年後に部長で、60歳で定年退職――といったように、ポジションも給料も出世コースも、ほぼ自動的に決まっていた」というように、多くの人が同じ未来をイメージしながら生きていました。
そんな過去の時代には、自分で考え、決断する力は今ほど必要とはされていませんでした。「みんなと同じ」「これまでのやり方」で会社や仕事などの進路を選択すれば、大きな間違いはなかったからです。
著者は言います。「将来がどうなるか、いまや誰も明確には予測できないのです。これは、漠然とみんなで同じ未来を見ていた高度成長、安定成長の時代とは決定的に異なる状況です。『横並び』『右肩上がり』は幻想に変わりました。まさに、時は『カオスの時代』に突入したと言えるでしょう。こんな時代に生きる私たちは、過去のやり方が通用せず、未来予想もうまくできないなかで、自分の人生や家族の将来を見据えながら、ひとつひとつ現時点で最善と思える『意思決定』を行っていかなければなりません」
現代を生きる私たちは、最善の意思決定を行うための「決断思考」を身につけなければならないというわけです。
「決断思考を身につける」ための有効な方法として、著者は「ディベート」の活用を提唱しています。
ディベートとは、ある論題を定めて、賛成側と反対側とに分かれて議論を行い、どちらにより説得力があるかを競う、論理的思考力や問題解決力を磨くための議論のゲームです。
まず、選択肢が明確に2つの立場に分かれて議論しやすい論題を1つ選びます。例えば「A社の株を買うべきか否か」など、シンプルなものが良いでしょう。そして、設定した論題についてどちらの立場で議論するか、くじ引きなどで決定します。論題の「A社の株を買うべきか否か」について、本心では「買い」だと思っていても、「買わない」側に立たされた場合は、その立場を主張することになります。賛成側、反対側のどちらにより説得力があったかは、審判が判断します。参加者は、審判役となる第三者を意識しながら自分たちの主張を訴えなければいけない、というわけです。
では、なぜこれが「決断思考」を身につけることにつながるのでしょうか。それは、各々の立場をとった場合のメリット・デメリットが明らかになるからです。どちらを選択することがプラスになるのか判断しやすい状況を創り出すことができ、これが「最善解」を導き出すシミュレーションに繋がります。そうした思考を習慣づけることで、進学や就職など人生の重大な場面において、複数ある選択肢のメリット・デメリットを検証し、自分にとっての最善解を導き出して決断することができるというわけです。
本著では「第二志望の企業から内定をもらった段階で、就職活動をやめるか、まだ続けるか迷っている」という例を用いて、ディベート思考を使い、「いまの最善解」を導き出す方法を紹介しています。
プロセスの詳細を見てみましょう。
まず就職活動を続けること、やめることのメリット、デメリットを列挙します。続けるメリットは「第一希望の会社に就職できる可能性が絶たれない」、デメリットは「就職先が確定しないことで、精神的に落ち着かない期間が続く」などです。
続いてこれらを比較・検討します。前述のメリットとデメリットで比較すると、続けるメリットが社会人としてのキャリア全般に影響を与える中長期的なものなのに対して、デメリットは入社前だけに限られた短期的なものであることが分かります。この場合、明らかにメリットがデメリットを上回っており「いまの最善解」は「就職活動を続けること」ということになる、と結果が導き出されるのです。
このディベート思考は、運用・投資にも役立てられそうです。それぞれの金融商品ごとにメリット・デメリットを徹底的に検証して決断を下すことができれば、自分にとって最善解となる運用商品や手段を探すことができるようになるでしょう。
著者はディベート思考が「決断思考」を磨く理由について、「いまの最善解」を導き出すシミュレーションになるからだと指摘しました。ここで著者が「『正解』を導き出す」ではなく、「『いまの最善解』を導き出す」と言った点には注意が必要です。
というのも、そもそも唯一無二の正解は存在しない可能性が高いからです。
著者は「ブレないことに価値はない」と明言します。「『君子豹変(くんしひょうへん)す』という、『朝令暮改(ちょうれいぼかい)』と同様に悪い意味で使われがちな古典の言葉がありますが、本当の意味は、優れた人は間違いを認めたらすぐに改める、行動を変える、ということです。ブレない生き方は、ヘタをすれば思考停止の生き方になります」。
一度導き出した最善解は、状況・前提によって変わり得るものととらえ、仕事やプライベートの環境変化や、景気の変動をきっかけに見直していくべきと著者は言います。
柔軟に過去の決断を見直す姿勢も、運用・投資に役立ちそうです。自身が保有している金融商品にも目を向け、節目ごとに見直すことも、長期にわたり資産を増やしていくために必要でしょう。
運用にも役立つ「ディベート思考」
本文で触れた通り、ディベート思考は運用・投資にも役立ちます。例えば複数の金融商品から運用対象を選択する場合には、以下のようなプロセスで検討が可能です。
@自分の収入や資産、年齢、価値観などを客観的に分析して、どこまでリスクを取れるのか、どの程度の運用益が必要なのかを「見える化」する。
A「A商品にはリスクがあるがうまく運用できれば収益は大きい」「B商品にはリスクがほとんどないが運用益は小さい」といったように金融商品自体の特性を分析する。
B金融商品の特性と自身の状況を突き合わせ、どちらが自分にとってメリットが多いのか「いまの最善解」を導き出す。
C自身の生活環境や考え方の変化、あるいは景気動向の変化を感じたら、運用を見直してみる。
金融商品を選ぶときは、比較対象となる金融商品や、比較のために必要な情報を教えてもらうようにしましょう。その場の思い付きや直感に頼らず、ディベートの方法論を活用して、じっくり検討することが大切です。
渋谷 和宏
しぶやかずひろ/作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。