厚生労働省が行う5年に1回の「財政検証」。前回は、2019年8月27日に発表されました。公的年金制度が将来にわたって持続可能かどうかを検証する、いわば公的年金制度の「健康診断」です。その結果からわかる20年後、30年後の公的年金の未来をみていきましょう。
財政検証は公的年金制度の健康診断!
財政検証とは、公的年金制度が将来にわたって持続可能かどうかを検証する、いわば公的年金の健康診断です。厚生年金保険法および国民年金法の規定によって、少なくとも5年に1回の検証の実施が義務付けられています。
財政検証における年金給付の指標となるのが「所得代替率」。これは、現役世代の手取り年収に対する年金額の割合を示します。
たとえば、夫婦2人世帯のモデル(平均的な賃金で40年間厚生年金に加入した夫と、40年間専業主婦の夫婦の世帯)の所得代替率は、2014年は62.7%で、2019年は61.7%とやや下がりました(現役世代の手取り月収35.7万円に対して年金が約22万円)。
所得代替率は50%以上を保つのが基本
この所得代替率は「50%以上」を保つことになっており、5年以内に50%を下回ると見込まれる場合は、年金給付額の減額や保険料率の引き上げなどを検討することが義務づけられています。
表1は前回の財政検証の概要で、人口や経済成長の見通しなどから6つの経済シナリオを想定し、財政影響や給付水準の変化を試算したものです。いずれのケースでも5年後(2024年度)の所得代替率の見通しは60%以上で「問題なし」でした。
- 出典:厚生労働省「2019年 国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―2019(令和元)年財政検証結果−」
マクロ経済スライドによってどう変化するか
「マクロ経済スライド」とは、そのときの社会情勢(制度を支える被保険者数の減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みです。将来の現役世代の負担が過重にならないように保険料の上限を定め、その中で年金給付との均衡が取れるよう給付水準を調整するために、2004年に導入されました。また、2018年度より、未調整分を翌年度以降に繰り越す仕組みも導入されました。
年金の給付水準は、このマクロ経済スライドで調整が行われることになっていますが、2019年の財政検証ではその調整が終わるまでの長期の試算(2046〜2052年度)でも、経済成長と労働参加が進む1〜3のケースでは、所得代替率50%以上を維持できる見込みです。
最悪のシナリオになったとき、年金は?
将来、公的年金がもらえなくなる可能性は?
国民の老後生活を支える公的年金ですが、将来、年金がもらえなくなる可能性はあるのでしょうか。当然ながら、公的年金制度がなくならない限り、「年金がもらえない」事態は想定されません。しかし、「受け取る年金額が減る」ことは覚悟をしておく必要があります。
厚生労働省のデータによると、日本は超高齢社会※で2050年には高齢化率が37.7%になると予想されています。2020年の合計特殊出生率は1.33と少子化に改善の兆しもなく、年金受給者を支える現役世代(被保険者数)が減っていくことも予想されます。また、物価や賃金の変動、経済成長率も年金制度に影響を与えます。
- ※65歳以上人口の割合=高齢化率21%以上の社会のこと。
財政検証ではそれらの要因も含めて5年ごとにチェックされていますが、表1において、経済成長と労働参加が「一定程度進む」、「進まない」場合(ケース4〜6)は、将来の所得代替率が50%を下回ります。
2029年度以降の経済成長率が、ケース4で0.2%、ケース5で0%、ケース6では−0.5%という前提です。最悪となるケース6では、2044年度には所得代替率が50%を割り込み、2052年度には公的年金の積立金が枯渇してしまいます。
その際、所得代替率は36〜38%まで下落する試算です。たとえば、所得代替率60%から36%に下がるということは、年金額20万円から12万円(現在価値)に下がることを意味します。
しかし、ケース4〜6に陥る可能性は決して高いとは言えません。公的年金の給付水準は、「所得代替率50%以上」を維持することが法律で定められており、それを点検するために5年ごとの財政検証が行われ、問題があると判明すれば何かしらの対策が取られるからです。
頭に置いておくべきは、「所得代替率50%以上」の維持が法律で定められている点です。仮に所得代替率が60%から50%に下がれば、年金額20万円は約16.7万円(現在価値)に下がることを意味します。マクロ経済スライドによって、徐々にではありますが、年金額は調整されていくだろうということは押さえておきましょう。
進む、年金制度改革
前回の財政検証の結果を受け、年期制度改革が進められています。2020年5月29日には「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」が成立しました。社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する「老後」の経済基盤の充実を図るために、次のような年金制度改革を行うことが決まっています。
@パートやアルバイトなど短時間労働者への、厚生年金の適用拡大
2022年3月現在は、週30時間以上働く短時間労働者のほか、従業員501人以上の事業所で週20時間以上働く短時間労働者(年収106万円以上)は、厚生年金へ加入しなければなりません。「週20時間以上」でも適用となる企業規模は、今後、2段階で拡大します。まず、2022年10月から「従業員101人以上」、2024年10月から「従業員51人以上」に引き下げられます。公的年金の支え手となる被保険者を増やすための変更です。
- 出典:日本年金機構「令和4年10月からの短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」より作成
A在職老齢年金の見直し
在職中の老齢厚生年金受給者について、年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計額が一定額を超えると、年金の全部または一部が支給停止されます。2022年4月から60歳以上65歳未満の方の在職老齢年金について、年金の支給が停止される基準の見直しが行われ、従前の28万円から47万円に引き上げられました。
- 出典:厚生労働省「年金制度改正法の概要」をもとに筆者作成
なお、上記の改正と併せて、2022年4月から「在職定時改定」が新設されました。これまでは、厚生年金被保険者の資格を喪失するまでは老齢厚生年金額は改定されませんでしたが、働き続けることの影響を早期に年金額に反映するため、65歳以上も働き続ける場合の老齢厚生年金額が毎年10月に改定されることになります。
B受給開始年齢の選択肢の拡大
現在、受給開始年齢は60〜70歳までの間になっていますが、2022年4月からこの繰下げ受給の上限が75歳までに引き上げられました。受給開始時期は60〜75歳の間で選択可能になるというわけです。繰下げ受給を行うと、増額率は月あたり+0.7%(最大+84%)となり、75歳の受給を選択すれば、65歳での受給と比べて年金月額が1.84倍に。働き方に合わせて、年金受給開始時期をより柔軟に選べるようになりました。
- 出典:日本年金機構「令和4年4月から年金制度が改正されます」
C確定拠出年金の加入可能要件の見直しなど
確定拠出年金の加入可能要件も2段階で見直されます。
これまでは60〜70歳の間で受給開始時期を選択できましたが、2022年4月からは、公的年金同様に確定拠出年金の上限年齢も75歳に引き上げられました。
また、2022年5月からは、企業型確定拠出年金やiDeCo(個人型確定拠出年金)の加入可能年齢が引上げられ、受給開始時期の選択肢が以下のように拡大されます。
- 企業型確定拠出年金:厚生年金被保険者のうち65歳未満→70歳未満
- iDeCo:公的年金の被保険者のうち60歳未満→65歳未満
▼こちらもあわせてチェック!
法改正で変わるiDeCo(イデコ)! 2022年から何がどう変わる? 事業主証明書は不要?