大学で大好きなはずの化学を専攻するも、「何か違う」と悩み続ける

中村さんがコミュニティマネージャーを務めるコワーキングスペース「新城WORK」にて取材させていただきました

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もしも、やりたいことを一つだけ選ばなければならないとしたら、何を選べば「正解」なのだろう――皆さんは、このような悩みを抱いたことはありますか?

人生は一度きり。だからこそ、人生の岐路に立った時、苦渋の決断を迫られることもあるかもしれません。

キャリアコンサルタントとして活躍中の中村文香さんもまた、自分の決断が正しかったのか何度も悩みながら、理想のキャリアを追い求めてきました。

「高校時代、化学が好きだった私は、同じくらい“人の心”にも興味があって、化学と心理学のどちらの道に進むか迷っていました。結局、『就職に有利だよ』という先生のアドバイスを受けて、北海道大学工学部に進学。大学院に進み、化学工学を専攻しました」

しかし、中村さんの心にはモヤモヤした思いがありました。大好きな学問を研究しているのに、「何か違う」という思いが芽生えてきたのです。

「化学工学の研究よりも、一般教養で履修した哲学の方がはるかに楽しかったです。次第に大学外の活動に救いを求めるようになり、学生のキャリア支援を行っているNPO団体の活動を手伝ったのをきっかけに、キャリア支援に興味を抱くようになりました」

その後、中村さんは若者向けのハローワークに通い、大学院修了後の進路について相談。キャリアコンサルタントの仕事に興味があることを伝えますが、「この仕事は社会人経験が10年以上ないと厳しい」と聞かされます。

中村さんはまずは社会人経験を積もうと、新卒では「キャリア支援」の道をあきらめ、大学院での学びを生かせる道を選択。大手電子機器メーカーに就職し、研究職としてキャリアをスタートさせることになります。

あるキャリアコンサルタントとの出会いを通じて、自己イメージが一変!

コンサルティングでは相談者一人ひとりを丁寧にヒアリングする

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就職先で次世代ディスプレイの開発に携わるようになった中村さんは、ここでも立ち止まってしまいます。

「頑張らなきゃという思いはあるのに、熱量をもって仕事に取り組めなかったんです。上司は色々配慮してくれたのですが、解決には至らず、申し訳ない思いでいっぱいでした。そこで改めて自分に向き合ってみたところ、やっぱり私は人の心に興味があるんだと気が付いて。ハローワークに相談した時は、経験がなくてかなわなかったけれど、いつかキャリアコンサルタントの仕事に就きたい。とにかく、人の心に関する勉強をしてみようと決意しました」

働きながら大学の生涯学習講座で心理学関連の科目を受講したところ、「やっぱり楽しい!」と確信した中村さんは、その後も情報収集に努めていきました。そして、『転職の赤本』(鈴木康弘著)という書籍を通じて出逢ったキャリアコンサルタントの言葉が、中村さんの意識を大きく変えることとなります。

「2013年12月、『転職の赤本』で紹介されていたキャリアコンサルタントの小林(旧姓:齋藤)めぐみさんに会うために、伊豆高原まで行きました。そこでコンサルティングを受けたところ、思いがけない言葉が返ってきました」

中村さんの話をじっくり聞いた小林さんは、「中村さんなら、独立もいいんじゃない?」と言ってくれたのです。

「まさか自分が独立できるなんて! びっくりして思わず『そんな選択肢もあるんですか?』とたずねたら、『大丈夫』とほほ笑んでくれて。私以上に私の可能性を信じてくれる人がいるのが、すごくうれしかったですね」

私も自分以外の誰かの可能性を信じられる人になりたい。そして、キャリアに悩む人の力になりたい。

中村さんは動きました。とはいえ、いきなり独立は不安だったので、異動願を出して人事部に異動。「社員のキャリアをサポートするんだ!」と意気込むものの、事務処理や各部署との調整業務が思いのほか多く、「この道ではないのかも…」と悩んでしまいます。

悩みに悩んだ中村さんは、退職して別の会社に転職しようと決意。順調に転職活動が進み、人材エージェントから内定をもらいました。そんな中村さんにストップをかけたのが、小林さんでした。

2016年、伊豆高原に移住。キャリアコンサルタントのアシスタントに!

「転職することを小林さんに報告したら、『なぜ本当にやりたいことに挑戦しないの?』と言うのです。人事部に異動した時もそうだし、今回の転職だってそう。本当にやりたいのはキャリアコンサルタントの仕事なのにと。正直、痛いところを突かれたと思いました」

初めて小林さんと出逢った日から、中村さんは数回にわたってキャリアコンサルティングを受けてきました。キャリアスクールにも通い、自分の人生の棚卸もしてきました。そして、この時に言われた小林さんの言葉がきっかけで、ようやく目が覚めます。

「転勤族で転校の多かった私は、転校先の友だちとうまく付き合っていくために、常に空気を読んでいました。やがて、失敗や傷つくことを過度に恐れるようになり、人生の岐路に立った時も無難な道ばかり選んできました。でも今回は変わらなきゃと思えたんです」

大学進学時に心理学でなく化学を選んだときも、キャリアコンサルタントでなく、人事部や転職を志したときも、不安から自分の気持ちをごまかしたことで後々のモヤモヤにつながっている。その傾向に気づいた中村さんは、「勇気を出して、もう自分をごまかすのはやめよう」と決意したのです。

そして、人材エージェントの内定を辞退し、小林めぐみさんの仕事を手伝いながら、キャリアコンサルタントの道を目指すことに。小林さんの拠点がある伊豆高原に引っ越し、新たなキャリアをスタートさせたのです。

「小林さんが研修に使う資料の作成や、研修時のファシリテーションを担当することからスタート。徐々に、若手社員向けの研修を企画させてもらったり、講師として登壇したりするようになりました。また、キャリアコンサルタントの知識を高めるため、この時期に国家資格キャリアコンサルタントを取得しました」

キャリアスクールの仲間たちとのキャリア合宿での1枚

  • キャリアスクールの仲間たちとのキャリア合宿での1枚

こうして、さまざまな経験を積んでいった中村さんは、ある日、地域課題について考えるリノベーションスクールから派生した熱海のプロジェクトに参加することになりました。

「このプロジェクトでご一緒した石井秀和さんという方と、中学校が同じだったことが分かったんです。川崎市・武蔵新城周辺の中学校だったのですが、石井さんは先祖代々武蔵新城の地主さんで、地域のコミュニティ活動を通じてまちを元気にしていこうと頑張っている方。次第に意気投合しました」

そろそろ、腰を据えてキャリアコンサルタントとして実績を積んでいきたい。そんな風に考えていた中村さんは、拠点を首都圏に移すならコミュニティの活動が活発なところが良いと、拠点を伊豆から武蔵新城に移すことにしました。

拠点を移し、いよいよキャリアコンサルタントとして本格稼働!

コンサルティングや考えをまとめる際は、iPadのメモとタッチペンを活用

  • コンサルティングや考えをまとめる際は、iPadのメモとタッチペンを活用

「武蔵新城に拠点を移してからは、かつて通っていたキャリアスクールのつながりで、キャリアに悩む方のコンサルティングを行ったり、個人的に参加した勉強会で知り合った方から声をかけていただいて、会社のキャリア研修やチームビルディング、キャリア系コラムを担当させていただいたりと、徐々にネットワークを広げていきました」

武蔵新城に拠点を移すきっかけとなった石井さんも、中村さんを助けてくれました。

「石井さんがご紹介してくださった方からお声がけいただき、企業の人材育成のサポートや、学生向けのキャリア支援やワークショップを担当するようになりました。また、石井さんの武蔵新城を元気にする取り組みの一つとして、武蔵新城に新しいコワーキングスペースを立ち上げることになり、私も関わらせていただきました」

2020年11月、コワーキングスペース「新城WORK」がオープン。現在、中村さんはコミュニティマネージャーとして、「新城WORK」で開催するイベントの企画・運営等コミュニティ設計を担当しています。

かつて、本当にこの道で良いのだろうかと悩み、やりたいことが見つかってからも、回り道をしてしまった中村さん。彼女はキャリアコンサルタントの小林めぐみさんをはじめ、たくさんの人との出会いを通じて「失敗したっていい。自分がやりたいことに取り組もう」と心から思えるようになりました。

キャリアコンサルタントとしてキャリアに悩む方々と向き合うたびに、中村さんはこう思います。

「私ができることは微力ですが、それでもその方の可能性を信じて伴走させていただくうちに、その方本来の力が出てくるのを感じます。人間は成長したくなる生き物なんだ、ポテンシャルがあるんだと感じることができて、そこにこの仕事ならではのやりがいを感じます」

20代に自己投資してきたからこそ、今の自分がある

会社員時代、セミナーに通うなど積極的に自己投資をしてきた中村さんですが、仕事のストレスから散財をすることも多かったそうです。

「独立する時に手元にあった資金は、給料半年分くらい。最初のうちは、小林さんのサポートをはじめとするキャリアコンサルタントの仕事だけでは生活ができなくて、引っ越しの時にお世話になった不動産屋さんや熱海のゲストハウスでアルバイトをしたり、家庭教師をしたりしてなんとか生活していました」

伊豆高原時代は、年収が会社員時代2分の1に落ち込んでしまいましたが、武蔵新城に拠点を移してからは仕事が順調に増え、今では会社員時代の1.3〜1.4倍ほどになったそう。

中村さんの収入の割合の図

■年収の推移(自由に使えるお金で比較)

中村さんの年収の推移の図

また、20代のころは積極的に自己投資を行ってきた中村さんは、30代半ばに入り、先のことを見据えて資産運用をするようになりました。

「今も、気になるセミナーや勉強会があると積極的に参加しています。資産運用は、つみたてNISAとiDeCoの2本柱。30代は自己投資と資産運用のバランスを上手にとって、未来に備えたいですね」

自分への投資が、未来の自分につながると信じて

「世の中に貢献するにはお金も必要。そのためにも資産形成は重要だと思う」と語ってくれた中村さん

  • 「世の中に貢献するにはお金も必要。そのためにも資産形成は重要だと思う」と語ってくれた中村さん

中村さんが独立して5年、武蔵新城に拠点を移して3年が経ちました。
自分が興味のある分野について探求でき、その成果を役立てて、キャリアに悩んでいる人の役に立つこと。そして、時間が自由に使えて、対価として収入をしっかり得られること。これが、中村さんにとっての「理想のワークスタイル」です。

そんな中村さんに「今の自分に点数をつけるとしたら?」とたずねてみました。

「80点です。やりたい仕事ができているという点では満足していますが、できれば、キャリアコンサルタントとしての幅をもう少し広げていきたいですね。リーダー層のコーチングにも挑戦してみたいですし、キャリアに悩んでいる方が持っているポテンシャルを自然体で発揮できるようなメソッドも作っていけたらと考えています」

最後に、かつての中村さんと同じようにキャリアについて悩み、理想の働き方を模索している読者の皆さんにメッセージをいただきました。

「まずは『焦らないで』と伝えたいですね。やりたいことがあるのなら、焦らずに自分にできることをやってみることが大切だと思います。私はストレスで散財してしまったことを後悔しているので、皆さんはお金を有益に使ってくださいね。今の時期に自己投資をすれば、きっと未来の自分に返ってきますよ」

中村さんにとって、キャリアの方向性で何度も悩み、自己投資を続けてきた20代が現在の仕事の基盤になっています。5年後、10年後の未来はだれにもわからないけれど、だからこそ、未来の自分を信じて今の自分ができることを一つひとつ取り組み続ける。そんな誠実な生き方をしてきたからこそ、中村さんは理想のワークスタイルを得られたのかもしれません。

<中村さんのモチベーショングラフ>

中村さんのモチベーショングラフ

  • 2021年3月現在の情報です。今後、変更されることもあるのでご留意ください。

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