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2021.6.23理想のワークスタイル
静岡県南伊豆町――伊豆半島の最南端にあるこの場所に、欠掛隆太さんが営む自然農園があります。丹精込めて野菜を育て、インターネット販売を通じて全国のお客さまに提供しています。
しかし、欠掛さんは大阪市で生まれ育った、いわゆる「都会の人」。農業に関する知識も経験もまったくない状態から、どのように歩んできたのでしょうか。
「大学を卒業後、大手電気機器メーカーに就職し、東京本社の知的財産部に配属になりました。会社が開発した新技術の特許取得に関する業務を担う部署で、当時は社会人になったことへの喜びと期待で胸がいっぱいでした」
そんな期待が、入社してしばらく経つと打ち砕かれてしまいました。
「どの先輩達も一生懸命仕事に取り組んでいましたが、どこか満足しきっていない印象を受けました」
そして仕事にも慣れ、経験を積むうちに、自分自身もまた「かつての先輩方の姿」と同じようになっていることに気づき、愕然とします。
「今やっている仕事って、会社の利益のためには必要だけど、自分の幸せにどう関係しているのだろうと悩んでしまいました」
思い切って会社を辞めようか。でも、辞めて何をすればいいのだろう。欠掛さんは何度も自分の心に問いかけました。
「色々考えた結果、『自然と調和した働き方がしたい』と思うようになりました。
学生時代に訪れたオーストラリアの大自然に強く惹かれたこと。海外を旅してさまざまな文化に触れる中で、日本人の伝統的な暮らしを尊重したいと思ったこと。アウトドアが好きなのに、仕事や暮らしの中でどうしても自然を汚してしまう自分に、矛盾や憤りを感じるようになっていたこと。当時付き合っていた妻が僕に先駆けて会社を辞め、ガーデニングの仕事に就いたこと――さまざまなことが重なりようやく出た答えでしたね」
その後、欠掛さんは退職後のことを考えて節約を心掛けるようになりました。そうして貯蓄が年収の2倍ほどになったころ、思い切って退職することにしたのです。
2011年、メーカーを退職した欠掛さん。やりたいことが見つからない状態での退職だったと言います。
「ひとまず、妻の母が経営するカフェを手伝うようになりました。そこで無農薬野菜を仕入れるうちに、同世代の農家とのつながりができました。
会社員を辞めて農業を営んでいる人もたくさんいて、創意工夫しながら野菜を育てている彼らの姿を見て、『地に足の着いた生き方』だとあこがれを感じ、就農を考えるようになったのです」
早速、欠掛さんは情報収集をスタート。まずは、夫婦2人で移住先探しの旅に出ます。
「中古で車を買って、車中泊をしながら西日本を中心に農家を見学させてもらいました。情報収集のために訪れた徳島県庁で、自然農法の『若葉農園』を紹介してもらい、ここで研修を受けることになりました」
若葉農園での研修は、欠掛さんに多くの学びと発見をもたらしました。
「自然農法の農園は小規模なところが多い中、若葉農園は驚くほど経営がしっかりしていました。規模も大きく、栽培のノウハウはもちろん、事業をやっていく心得も学ぶことができました。日の光を浴びながら野菜を育てて、くたくたに疲れて寝る毎日。とにかくよく身体を使って、だからご飯がすごく美味しくて。生きるって、こういうことなんだと思いましたね」
就農への思いがどんどん膨らむ中、2人は本格的に移住先を探すため、研修中に数日間の休暇をもらって旅に出ます。
「この休暇で見つけたのが、今住んでいる南伊豆です。里山に川が流れて、畑や田んぼや古民家があって。海も近いし、妻の実家がある東京へのアクセスも良い。僕たちの理想そのもので、運よく空き家を紹介してもらえたことから、ここを移住先に決めました」
その後、1年間の農業研修を終えた2人は南伊豆に移住し、農業を営むことになります。2015年6月、欠掛さんが会社を退職して、4年が経っていました。
「自然農園 日本晴」――就農にあたって、欠掛さん夫婦が2人で考えて名付けた農園名です。
「日本晴は日本特有の表現で、雲一つなく晴れ渡っている様子を言います。転じて、心や身体もすがすがしいという意味もあって、この名前に決めました」
研修先の若葉農園で学んだ自然栽培の方法を生かして、無農薬・無肥料で野菜を育てています。
「野菜の栽培はもちろん、梱包や出荷なども含めてすべて妻と役割分担しながら取り組んでいます。農園のHPも、退職後にハローワークの職業訓練で学んだWEB制作のスキルを活かして自作しました」
若葉農園で研修を受けてきたとは言っても、自分たちだけで農家を営むのは、これが初めて。生活面も含めて、常に驚きの連続だったそうです。
「僕たちが借りた空き家は、10年くらい人が住んでいなかったため、かなり傷んでいました。しかし大家さんが知り合いの大工さんを紹介してくれて、ほとんどボランティアで改修を手伝ってくれたんです」
畑のトラブルも、ご近所さんが手を差し伸べてくれました。
「水害があったときに何も言わずに復旧作業に加わってくれたり、田んぼの仕事を教えてもらったり。南伊豆の人たちは穏やかでやさしい人ばかりです」
何か新しいことに取り組むと、想像もしなかったことが起こりましたが、そのたびに欠掛さんは地元の人たちの助けを借りながら解決してきました。
「今は畑仕事も生活も、基本的には外注せずにすべて自分たちで取り組んでいます。どんどんやりたいことやアイデアがわいてきて、それを実現できるのが田舎暮らしの醍醐味。近くの川から水を引いて『水が流れ続ける洗い場』を作ったり、果樹を植えたり、様々な保存食や加工品を作ったり。自然と密着しながら、クリエイティブな生き方ができるのは、今の生活ならではかもしれません」
気になるお金のことについても聞いてみました。就農にあたって、欠掛さんはどの程度の資金を準備したのでしょうか。
「会社員時代、一人暮らしをしていたころから節約をして、年収の2倍ほどの資金を貯めました。ただ、当時はまだやりたいことが定まっていなかったし、どれぐらいお金を貯めておけばよいのかもわからなかったですね」
農家を視察し、自然農園で1年に及ぶ研修を受け、理想の移住地を見つけて「自然農園 日本晴」を開業した欠掛さん。入念に準備を重ねたうえの独立でしたが、資金繰りに関しては後悔が残っているようです。
「正直な気持ちを言うと、独立にあたってお金はあればあるほどいいと思います。お金がないと心にゆとりがなくなりますし、選択肢も狭まってネガティブになってしまいがちです。また、最初から順調に進むとは限りません。僕たちも農業が軌道に乗るまで、独身時代に貯めておいた貯金を運転資金や生活費に充てていました」
独立から6年。現在は農業が軌道に乗ってきたものの、年収は会社員時代の半分ほどだそうです。
「収入は半減しましたが、お金をかける機会も減ったように思います。基本は自炊で外食もしませんし、衣服や保存食など、自分たちで作れるものは作る。そうしているうちに、以前よりも生活が豊かになったと感じるようになりました」
資産運用に関しては、退職金の一部を投資に充てているほか、iDeCoにも入っているそうです。
「今の道を選んだことに一切の悔いはありませんが、唯一、資金面に関しては会社員のころからもっと計画的に準備しておけばよかったと思っています。
今は農業や生活のためにやりたいことがたくさんあって、将来に投資しているため、貯蓄はなかなかできていなくて。会社員時代には現金を貯蓄することしか考えていなかったので、資産運用も活用していれば、もっと資金が厚くなっていたかもしれないなと思っています。子どものために、少しずつからでも長期の積み立て投資を始めたいですね」
欠掛さんの野菜は栄養分が高く、購入したお客さまから大好評です。
「定期販売のお客さまは今50世帯くらい。主に都市部の子育て世代とシニア層の方々です。最初は友達や知り合いと、そこからの口コミで広げてもらい、今は新規のお客さまも増えました。また、八百屋さんや小売店にも少し出荷しています。これからも少しずつ自分たちの野菜を届けられる人たちが増えるといいですね」
そんな欠掛さんに現在の生活に点数をつけていただいたところ、「90点」と返ってきました。心の満足度は100点ですが、やりたいことがあるので、余力を残したとのこと。
今、欠掛さんは農業に加えて、新しいビジネスを始めようとしています。
「僕や妻と同じように都会で育った人たちに、自然の中での暮らしを体験してもらいたくて、農家民宿を始めようと思っています。そのための準備として、古民家を購入しました。今後は、南伊豆と都会の人たちのハブのような存在になれたらと思っています」
最後に、読者に向けてメッセージをいただきました。
「どんなに入念に下調べをして準備を重ねても、行動してみてわかることがたくさんあります。やりたいことがあるのなら、まずは一歩踏み出してほしい。きっと、想像以上に広い世界が広がっていることに気づくと思います」
大切なのは一歩踏み出すこと。
その言葉から、自分たちの力で人生を切り拓いてきた欠掛さんならでの力強い「生命力」が感じ取れました。
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