藤島大の楕円球にみる夢
(2023/06/05)

ゲスト/加藤一希選手(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)

三井住友銀行(SMBC)ほかがラジオNIKKEI第1で提供するラジオ番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、スポーツライターの藤島大さんが素敵なゲストを迎えて、国内外のラグビーや日本代表などの幅広い情報を詳しく伝えています。
6月5日放送のゲストは、クボタスピアーズ船橋・東京ベイのプロップ加藤一希選手です。

藤島スポーツライターの藤島大です。ゲストはリーグ初優勝。クボタスピアーズ船橋・東京ベイのプロップ加藤一希さんです。お忙しいところ、ありがとうございます。

加藤よろしくお願いします。

藤島なぜ加藤一希かということはもう後でわかるんですけど、私が勝手につけたタイトルは「人生のスクラムあの1本、1つのスクラム」、ちょっと聞いていきたいと思います。
プロフィールを紹介します。1994年12月7日愛知県名古屋市出身。中学1年でラグビーを始めて、「はるひ、はるひ」ってみんな言いますけれども中部大学春日丘高校から東海大学リーグ(東海学生ラグビーリーグ)ですね、中部大学に進んで2016年度キャプテンを務めます。2017年の1月、全国地区対抗、帝京大学がいる全国大学選手権に出ないチームによる全国大会トーナメント、これに優勝します。
卒業後、宗像サニックスブルースが採用、トップのプロとなるんですけれども、皆さんご存知のように2022年5月末サニックスブルースが活動休止します。
スピアーズの練習生として去年の7月から2か月間を過ごして、8月の末に選手として契約。この前の日本一を決める国立競技場、4万人を超える観衆の前で最後、フィールドに立っていた、そういうストーリーです。185cm、112kg。サニックスではロックだった印象があるんですけど、プロップはいつからでしょう?

加藤2019年からプロップになりました。

藤島さっそく聞いていきますね。あの決勝戦、後半27分に出場します。その後、立川理道のキックパスを木田晴斗が取ってトライ、再び17対15でリードする。その後スクラムが来ます。あれは後半39分1秒ぐらいですね。つまりあと50何秒で試合が終わるときにスクラムを組む、大変なスクラムですね。スクラムが崩れる。レフリーが見て、例えばスピアーズの反則になる。するとタッチに蹴って攻めてトライをする、あるいはペナルティゴール(PG)を取る、十分にありましたよね。大事なスクラムでした。

加藤そうですね。まずスクラムが来て、左後ろについている末永(健雄)選手、同級生なんですけど、その選手から「大丈夫、いつも通りやればいいからいける、いける」と言われて右隣のマルコム・マークスも「大丈夫だ、大丈夫、お前ならいける」、右後ろの(ヘル)ウヴェさんも「いける、大丈夫、大丈夫」と言ってくれました。最初ちょっと崩れてしまって、目の前のヴァルアサエリ愛選手から「落としてる、落としてる」って言われて、堀江翔太さんにも指さされて、僕も「えーっ」と同じようなジェスチャーで返して。組み直しになったのでよかったと思いました。レフリーが逆側からこっちに来て、落としたら次は反則を取られる、しっかり組んで死ぬ気で耐えないと、と思っていました。クリーンにボールが出たので、あ、よかった、と思いました。

藤島そこからいくつかラックを作ってホーンが鳴って、タッチに蹴り出しました。なぜ人生のスクラムかというと、高校に入学したとき体重が50kgだった。しかもCチーム、いわゆる3軍の選手で1分も公式戦に出場していない。その人が大事な場面でスクラムが来て、相手は堀江翔太、クレイグ・ミラー、ヴァルアサエリ愛、みんなジャパン。どういうことですか(笑)。

加藤過去の自分に言ってやりたいですね。「お前、すごい経験するぞこれから」って。

藤島ホーンが鳴って、涙の姿を私も見ました。こんなこと聞くのも野暮ですけど、あのときはどんな気持ちでしたか?

加藤気づいたら、ぶわーって恥ずかしいぐらい泣いていて。たぶん、1年いろいろあったので。

藤島つまりサニックスが急に活動を停止してそこからの道のりということですか?

加藤そうですね。

藤島去年の5月末に活動停止になって、そこで無職になるわけですね。そのときどうしました。

加藤6月末までは声がかかるのを待とう、かからなかったら引退と決めてトレーニングをやっていました。どんどんその日が近づくにつれて、もう引退かというときにクボタの前川泰慶さん、リクルートの方に声かけてもらって。うれしかったですね。

藤島再就職みたいなのも考えたんですか。

加藤チームがなくなる話があったときに、高校時代のラグビー部の同級生が会社を経営しているので連絡して、万が一のときはよろしくと伝えました。

藤島そしてクボタスピアーズの前川さんが。

加藤僕が1年目にクボタと試合したとき前川さんも出られていたみたいで、そのときのプレーがいいなって思ったから声かけさせてもらった、と。

藤島やっぱり手を抜かないことが大事ですね。その試合で一生懸命やっていたのを覚えていたわけでしょう。

加藤そうですね。クボタの練習生という形になり、8月の末にスクラム合宿というのがありました。菅平にいる大学生とスクラムを1週間ぐらい組む合宿です。それがターゲットで、それまではもう体力、走り込みをとりあえず頑張って。

藤島国立競技場の人生のスクラムの前にもう一つ、菅平で人生のスクラムが。

加藤あそこは人生のスクラムでしたね。その1週間は深い眠りはできなかったと思います。明日もある、今日はどうだったかなと不安でした。最終日、チームバーベキューの前のお昼休憩か何かに呼ばれて「契約をよろしくお願いします」といただきました。スクラムはみんなで組むものなのに、とにかく押さないと、とむちゃくちゃ1人でやっていたと思います。

藤島この流れで聞いていきますけど、スピアーズのクラブの文化ってありますよね。入ってみてどう感じましたか?

加藤練習生のときからすごく仲良くしてもらって、みんな気さくに話しかけてくれたり、飲みに行こうぜと言ってくれたり、すごく温かいチームだと思いました。
一つの学校みたいなイメージもあります。ヘッドコーチのフラン・ルディケが校長先生でフォワード、バックスコーチが先生、プレイヤーがクラスメイトという感じで、先生にも校長先生にもリスペクトがあって、ミーティングというかラグビーの授業を聞いているみたいで。
例えば、あるミーティングでは歓喜とか競争、尊重とかテーマがあって、今回は競争について話し合いましょう。いい競争を生むためにはどうすればいいか周りの3人組で話してみましょうといった、学校でいう道徳の授業みたいなものです。プレイヤーだけじゃなくマネジメントの方も一緒に。

藤島そこがたぶん強いですね。
私は実は加藤一希を知ったというか興味を持ったのは2017年です。ロックで試合に出ていてコカ・コーラに勝った試合があって、この選手すごい頑張るなと思いました。あのとき一緒に組んでいたのはジェフ・パーリングというイングランドの名選手。もう1回言いますけど春日丘でCチームだった人がその名選手と一緒にスクラムを組む。試合の後、いわゆる囲み取材でCチームだった話も聞いてびっくりしたし、あの時点でこれはおとぎ話のようだと思っていたら、日本一になってしまった。

加藤ジェフ・パーリングもすごいチームマンです。ラインアウトの軽いコーチングをされていて、試合で何%行ったら俺がケーキ焼いてくるとか言って、ちょっと失敗した、ちょっとぐちゃっとしたケーキを持ってきてふるまうことがありました。僕が1年目、試合中ミスしてしまうと下を向きがちだったので、ジェフが「お前、スパイクを貸せ」ととられて、つま先の部分両方にテーピング貼ってニコちゃんマーク書かれて、「試合のときに下向いたらそれ見えるだろう」って。

藤島面白いですね。
決勝も、準決勝で先発の左プロップ、海士広大がいわゆるインジュアリー(負傷)で、たぶんそういうこともあって序列が上がった面はありますよね。しかし急に機会がまわってきてもそれに応えられないといけない。出られないときも努力を続ける、高校でもそうだったんですよね。1分も公式戦出ないのにずっと努力をしていた。

加藤同級生で姫野和樹がいて、間近でそういうスター選手を見ていたので、自分に足りないものって何だろうと考えました。いやいっぱいある、生まれ持ったものみたいなのも姫野の場合はたくさんある。僕は何ができるかなって思ったときに、毎日コツコツ続けることぐらいしかなかったので、ウェイトトレーニングもみんなが1回やっているなら、その倍の倍やろうと1日3回ぐらいやっていました。

藤島50kgで入って、卒業するときは何kg?

加藤100kg近かったです。母親に迷惑かけましたけど、お弁当をたぶん4つぐらい持って、プラスおにぎりとか。練習のバッグはもうお弁当だけ(笑)。

藤島体を大きくしてもAとの間にBが挟まっている。そういうことは考えないんですね。もうやるしかない?

加藤なんで使ってもらえないんだろうより、使ってもらえないのは原因が僕にあるからできることを一生懸命やるしかないというのは、高校時代も今もかわらないです。

藤島ここで重要人物が登場するんですけど、アファ・ハニパリさんというコーチですね。サモア生まれでニュージーランドにもいて、英語のサポートの教員か何かでコーチもしていて、Cチームにものすごい努力をする奴がいると気づいたんですよね?

加藤目をかけていただきました。高校2年生のときには、「(ヘッドコーチをしていた)うちの大学に来いよ」と言ってくれて。

藤島中部大学に進んでどういうアドバイスを受けたんですか?

加藤3年間ウエイトしたおかげで体もあったので、「お前は体があるからもう上にバンバンいけ」、とそういうトレーニングしましたね。それもあって今もタックル大好きなのでアファのおかげだなと思います。

藤島なるほど。メンターというか、こういうものを持っているから絶対大丈夫、問題がないんだって言ってくれる人が必要なんでしょうね、青春には。査定する人じゃなくて、肯定してくれる人。

加藤休みの日に「家にバーベキューしに来いよ」とか、「家でスーパーラグビー観るからお前も来るか」みたいな感じで、一緒にビール飲みながらああでもないこうでもないと言って。いまだに連絡は取り合っています。本人にも言っているんですけどもう1人の父親みたいにいろんなことを教えていただいて。

藤島サニックスに入るのも、ぽんってスカウトされたわけじゃないでしょう。

加藤沢木(敬介。現横浜キヤノンイーグルス監督)さんがU-20のヘッドコーチをされていて、アファが僕の好プレー集みたいなのを作ってDVDで送っていたんです。最終選考で落ちてしまったんですけど、そのおかげもあってちょっと名も知れてサニックスが。

藤島やっぱり面白いですね。高校のときは身長も伸びたんですか?

加藤ちょっと伸びました。

藤島ちょっとでしょう。ほぼ同じ身長の人が50kg。これはなかなかない。

加藤地元の同級生に「お前もう1人自分を食べたな」と言われます。

藤島自分を食べて大きくなった、いいですね。自叙伝のタイトルはぜひ、それを。
誰かのコラムで読んだけれど、姫野和樹が昔の仲間と会うとジャパンのグッズをみんなが欲しがった。配るけれど加藤一希にはあげない。これ本当の話ですか?

加藤実話です。僕は欲しいと言ってないんですけど、「お前にはあげんから、お前は自分でつかみとれ」と。ちょっと鳥肌立って。やっぱこいつ、かっこいいなと思いました。

藤島いい話だ。最後、日本一になるクラブとして一つの目標を叶えたと思うんですけど、リスナーに喋ってください。

加藤チームとしても個人としてもすごく満足しているし、いいシーズンだったと思えたんですけど、スタートで出られた試合は1試合しかなく、しかも20分ぐらいで怪我してしまったので、レギュラーをつかみとった上で連覇をしたいなと思います。オレンジアーミーの方々の熱い応援がなければこの優勝はなかったと思うので、今シーズンもすごく熱かったですけれども、より一層熱い応援のほどよろしくお願いします。

藤島ゲストはリーグ初制覇、最後そのグラウンドに立っていた。クボタスピアーズ船橋・東京ベイのプロップ加藤一希さんでした。ありがとうございます。

加藤ありがとうございます。

6月5日ラジオNIKKEI放送
「藤島大の楕円球にみる夢」
text by 松原孝臣

ラジオ番組について:
ラジオNIKKEI第1で放送。PCやスマートフォンなどで、ラジコ(radiko)を利用して全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。動画版はU-NEXTで配信中。

6月5日放送分ポッドキャスト http://podcasting.radionikkei.jp/podcasting/rugby-radio/rugby-radio-230605.mp3
U-NEXTでは画像付きの特別版を配信 https://www.video.unext.jp/title/SID0090286