藤島大の楕円球にみる夢
(2023/11/06)

ゲスト/吉水奈翁氏(「静岡ブルーレヴズ」通訳)

三井住友銀行(SMBC)ほかがラジオNIKKEI第1で提供するラジオ番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、スポーツライターの藤島大さんが素敵なゲストを迎えて、国内外のラグビーや日本代表などの幅広い情報を詳しく伝えています。
11月6日放送のゲストは、リーグワン静岡ブルーレヴズの通訳、吉水奈翁さんです。

藤島スポーツライターの藤島大です。ゲストはリーグワン「静岡ブルーレヴズ」の通訳、吉水奈翁さんです。ワールドカップ・フランス大会、ジャパンのジェイミー・ジョセフさんの通訳を務めました。元ニュージーランド、オークランドの警察官です。

吉水よろしくお願いします。

藤島よろしくお願いします。今日はモニター越しなんですけど、今どういう場所におられるんですか?

吉水今はですね、ちょうど静岡ブルーレヴズの延岡合宿真っ最中です。

藤島いいですね。
私の方から略歴を紹介します。吉水奈翁さん、川崎市に生まれました。お父さんがラグビースクールの指導者であった。その影響で幼少期からラグビースクールに通います。そのチームがニュージーランドに遠征をしたときに、両親がニュージーランドに惚れ込んでしまって、移住を決意するんですね。それに備えて、吉水さんとそのお兄さん、先にニュージーランドへ留学をします。その現地の高校、ケルストンボーイズというラグビーの非常に強い学校に入学し、地元のクラブにも入ります。ポジションはバックスでしたね。
高校卒業後、家業の自動車修理工場で約10年働きます。30歳を前に公募を見て、いわゆる日本人警官という枠で警察に入ります。オークランドの警察署に勤務しました。2014年から6年間、トップリーグのサントリー、現「東京サントリーサンゴリアス」の通訳を務めて、2020年から日本代表の通訳を担当します。2023-24シーズン、静岡ブルーレヴズの通訳になりました。吉水さんのキャリアは興味深くて、クライストチャーチの地震の話なども後で伺いますけど、まずこの間のワールドカップの話、リスナーの方も興味があると思うので聞いていきます。
アルゼンチンに敗れて、私はスコア通り、実力が出たって感じがしたんですけどもね。ジャパンもすべきことはしたと。いくつかのことで試合が傾いて、相手も結果としてはベスト4だったんですけど、とにかくジェイミー・ジョセフさんの長い旅が終わって、夜、通訳の方はどこのブロックに参加するんですか?

吉水基本的には自分はジェイミーの専属通訳というかですね、仕事をするためにジェイミーが歩いて動くところに基本的には行く形です。

藤島こういう話はね本当に戦った人たちだけの世界なのであんまり表に出すことではないと思いますけど、ああいう夜って負けて悔しい試合の話はするんですか?

吉水そこまで具体的な話っていうかレビューっていうのはないです。ラグビーの話よりもみんなでもうやりきったっていうところで話し合って、みんなでその時間を過ごすということだったと思います。普通にもう日常会話というかですね、みんな頑張ってきたよねっていうような感じだったと思います。

藤島私、チリの試合でディフェンスがまず良くなったなと思って、イングランド戦を見たとき、コロナ、いわゆるパンデミックの後、一番いいジャパンが現れたと感じまして、ジェイミーさんさすがだなって思ったんですね。イングランド戦はヘディングのアシストによるトライとか本当についてなかったと思うんですけど、あのときのジャパンのディフェンスが見事で、深く大きくゲインされたのに、しっかり戻ってみんな前を向いて出ていったからイングランドがミスをして、そうしたらああいうことが起こった。結果として突き放されて敗れる。ジャパンの雰囲気はどうだったんですか。

吉水ディフェンスのところに関しては本当に時間を費やしてきた部分でもあると思うので、そこに対して絶対に妥協しないっていうことを考えて上がってきたと思ってます。

藤島サモア戦に勝利し、いよいよアルゼンチンと俗に言う生きるか死ぬかっていう試合だったわけですけれども、選手たちは引き締まっていい顔していたし、いい雰囲気だったんじゃないかと想像するんですけど。

吉水あの週に関しては本当に一番じゃないかというくらいチーム練習もすごく良かったのを感じました。

藤島ジャパンとアルゼンチンのゲーム、地元のメディアもチームとして素晴らしかったという評価があって、お互いにエネルギーとスキル、特徴を発揮した、スペクタクルだったと。そういうゲームでしたよね。

吉水そうですね。

藤島通訳をするということについて伺いたいんですけれども、長谷川慎コーチがスクラムのディテールを語りますよね。おそらく通訳されたことあると思うんですけど、ものすごい細かい独特の言語というか、用語を使う、あれを海外から入ってきた選手にどう伝えるんですか。

吉水慎さんとめちゃくちゃコミュニケーションをとって、「こういうことですよね」って何回も確認して自分の中でしっかりとインプットして伝えました。本当にディテールが細かいので間違ってはいけないので。

藤島例えば、海外で育った選手が、ちょっと疑問に思ったりするような瞬間が仮にあって、だんだん納得していくようなプロセス、そういうことはありました?

吉水慎さんも一対一とか選手に対してすごくやるし、選手にしっかりと向き合っていました。ジャパンに来る選手も素晴らしい選手なので、理解度もすごいです。

藤島これもよく聞かれるんじゃないかなと思うけれど、例えばジェイミー・ジョセフが怒るときがあって、あるいは怒って見せるときがあって、そういうときトーンを変えたり、雰囲気を察して訳すんですか?

吉水そうですね。僕はその感情を伝えることを意識してやっています。トーンだったり声の大きさだったり、使う言葉だったり、すごく大きく変わってくると思うし、そこは常に考えながら、ジェイミーが怒ったら、もちろん僕も怒らなきゃいけないし、動きも同じようにしたりということは意識してやっていました。

藤島なるほど。最も近くにいる男、人間としてジェイミー・ジョセフさん、どういう人ですか。

吉水はい、日本人より日本人だと僕は思います。

藤島つまり、わりと繊細、細かい?

吉水チームが勝つために何をしたらいいかをずっと考えているんだろうな、いろいろなことを考えてるなってすごく思いました。あまり他の人が気づかないところまで気づいたり、アプローチもいろいろな仕方があると思うんですけど、何がチーム、その選手にとっていいのか、選手の性格だったり今の状況だったりタイミングだったり、繊細というかしっかり考えてやっているなと思いました。

藤島日本の選手はちょっとおとなしい、ある意味もじもじする、遠慮する。そういうことも全部わかっているわけですよね。

吉水日本の文化的に、なかなか人前では喋りづらいとか、大きいグループになると若手の選手があまり手を挙げづらいとか、それを解消するために何をしたらいいのかっていうことを考えたり、文化の違いもすごく考えながらやっていましたね。

藤島優秀な人でも、日本の選手にあまり慣れてない指導者だと、ニュージーランドはこうなんだからこうしなさいってしがちだと思うんですけど、ある意味、みんながいると手を挙げられない日本人の良さを生かしてチームを作っていくみたいなところもあるんですか。

吉水そうですね。

藤島あらためてですけど、一緒に戦い抜いて、今感じていることはありますか。

吉水終わってしまったっていう寂しい気持ちですね。ただ、僕個人として本当にできることは全てやりきったと思いますし選手も同じような気持ちだと思います。

藤島なるほど、やりきったって見事ですね。それと、いわゆる日本に生まれ育った選手で、この人の言葉は英語にしやすい、この人の言葉を英語で伝えたいなって思うような選手は?

吉水稲垣啓太選手の力のこもったというか、言葉の選び方だったり間の取り方だったり、選手に響かせるのがすごく上手だなって感じています。

藤島やっぱりそうですか。私もあの人のインタビューした後で、テープ録音聞くとそのまま文章になるんですよね。
新しい働き場である静岡ブルーレヴズ、帰国してすぐに活動が始まって、入ってみてどうですか?

吉水来るときはちょっとドキドキもありながら新しい環境ということで楽しみにしていて、最初の合流は延岡合宿だったんですけれども、みんな本当に一生懸命頑張ってるなって1日目から感じて、チームに来れたことをすごく嬉しく思っています。

藤島ニュージーランド時代の話を伺いたいんですけれども、ニュージーランドの文化の中で生きてきたこと、それはどういう感覚ですか?

吉水ニュージーランドは人生のもう半分ぐらいですかね、20何年住んでいましたので、ジェイミーに「もうヨシはキウイだね」ってよく言われました。過ごしてきた時間というのは自分にとって貴重だし、自分が大好きなラグビーの王国で常にオールブラックスの試合を見たり、そういう環境にいられたことは良かったなと思います。

藤島家業の自動車の整備工場で10年ぐらい働いて、それで警察官になるんですけれども、現場は常に人を観察していなきゃいけないし、人々の訴えとか要求に反応していかなきゃいけない、これも今の仕事に非常に役に立つのではないかと思うんですけど。

吉水加害者だったりいろいろなパターンがあると思いますし、いろいろな人種の人だったり世代だったり、もちろん警察官も年齢も上の人もいれば下の若い子どももたくさんいますので、人とのコミュニケーションや洞察力は警察官の6年間でたくさん勉強できたかなと思います。

藤島2011年にクライストチャーチで大きな地震があって、日本の留学された方もたくさん亡くなったあのとき、オークランドの警官なんだけどクライストチャーチに手伝いに行った。

吉水地震があって2日後ぐらいには専用飛行機でクライストチャーチの方に行って、日本人のその当時はまだ行方不明になられている方々のご家族に説明をしたり、進捗情報を伝えたりを毎日していました。

藤島悲嘆に暮れている、辛い思いをしている人のそばに行って実務をしっかりこなす。簡単な務めじゃないような気がするんですけど。

吉水そばに寄り添うことしか僕にはできなかったですね。日々それだけをやろうと頑張っていました。

藤島今、ブルーレヴズではいわゆる通訳の仕事ですが、ずっと一流のコーチの横にいたら、ちょっとやってみたいなってコーチングしたくなったりしませんか?

吉水まだまだそんなレベルじゃないので。

藤島ジャパンの通訳として過ごした歳月の中で忘れがたい言葉、何か覚えていますか?

吉水「絆」ですかね。ワールドカップに向けてみんなが常に使い続けた言葉ですし、ワールドカップに行く前にジェイミーの方から選手とスタッフに絆という言葉が刻印されたブレスレットを渡されたんですね。試合に向かうときは全員それをつけて行く。チームの全てを表しているというか、言葉として残っていますね。

藤島今日のゲスト、静岡ブルーレヴズの通訳、吉水奈翁さんでした。本当にありがとうございます。

吉水ありがとうございました。

11月6日ラジオNIKKEI放送
「藤島大の楕円球にみる夢」
text by 松原孝臣

ラジオ番組について:
ラジオNIKKEI第1で放送。PCやスマートフォンなどで、ラジコ(radiko)を利用して全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。動画版はU-NEXTで配信中。

11月6日放送分ポッドキャスト http://podcasting.radionikkei.jp/podcasting/rugby-radio/rugby-radio-231106.mp3
U-NEXTでは画像付きの特別版を配信 https://www.video.unext.jp/title/SID0090286