藤島大の楕円球にみる夢
(2026/06/01)
ゲスト/知念雄氏(元日本代表)
三井住友銀行(SMBC)ほかがラジオNIKKEI第1で提供するラジオ番組「藤島大の楕円球にみる夢」は、スポーツライターの藤島大さんが素敵なゲストを迎えて、国内外のラグビーや日本代表などの幅広い情報を詳しく伝えています。6月1日放送のゲストは、元日本代表の知念雄さんです。
藤島スポーツライターの藤島大です。ゲストは、元日本代表プロップ、横浜キヤノンイーグルスからこのほど引退を発表した知念雄さんです。よろしくお願いします。
知念よろしくお願いします。
藤島プロフィールを紹介しますね。1990年11月18日生まれ。何歳ですか?
知念今、35歳です。
藤島沖縄県出身、沖縄のコザですね。コザっていうのはまたいいところでね、好きなんですね。音楽が盛んで。沖縄県立那覇西高校卒業。沖縄の県内では、陸上競技とサッカーが強いことで知られている学校です。ご存知の方たくさんおられると思いますけれども、知念雄という選手は、もともと陸上競技の投てき、特にハンマー投げで国内でもトップ級の選手でした。那覇西高校でも陸上部に入って、高校総体と国体で優勝しています。2009年、順天堂大学、これも陸上競技の名門ですね、ここに入学。当然、陸上競技選手として入って、日本学生陸上競技対校選手権、いわゆるインカレですね、1年の時に優勝しています。ハンマー投げの最高記録66メートル。
なぜ今ここにいるかということなんですけど、大学4年の時、順天堂大学の陸上競技の主立った活動が終わって、10月とか11月のはずなんですけど。
知念そうです、10月に。
藤島ラグビー部の友だちにちょっと試合出てみないかと。ラグビーに駆り出されて。陸上の経歴を見ると、陸上の指導者になるためだと思われる大学院に進んで、ラグビーやったんですか?
知念最初は試合に出るというイメージじゃなくて、大学4年の時が楽しかったので、ボールを触れればいいかな。それぐらいの感じで。
藤島大学にいる間、2014年からだんだんラグビーの方に傾いてきて、なぜか東芝ブレイブルーパスの誰かがそれを知って声をかけて、入社に至ると。2016年にはもうジャパンになっているんですね。ざっくり言うと、ラグビーを始めて3年でジャパンになったんですよね。日本代表キャップ6。東芝でプレーをして、その後2022年、三菱重工相模原ダイナボアーズへ移籍をする。2025年、昨年度ですね、横浜キヤノンイーグルスに移ってプレーをして、このほど引退を発表しました。
引退後、すでに報道されていますけれども、千葉の流通経済大学付属柏、中学の保健体育の教員に採用されて、中学高校とラグビー部があるので指導をすると。183センチ、120キロ。
引退ですけれども、その経緯は?
知念頭の中ではもうちょっとラグビーやりたい気持ちは正直あったんですけど、自分のキャリアを考えても、教員免許も一応持っていたし、両親が保健体育の教員でもあったので、どこかのキャリアでやりたいなっていうタイミングと、これは楕円のご縁で、流経大柏の相亮太先生から、「うちでどうだ」という話をいただいたタイミングがだいたい重なっていました。ラグビーやりたい自分もいるけど、次のキャリアを考えている自分もいたので、家族と相談しながらですけど、自分の中ではもう腹落ちして次の道に行こうと。
藤島相監督、見てくれていたんですね。
知念これもだいぶ縁なんですけど、いとこが4人とも流経大柏でラグビーをしていて、當眞という名字です。何回か試合会場で挨拶したり、相さんが沖縄で當眞家の家族と会う時にうちの両親もあったりとかしていました。あとは、ワーナー(・ディアンズ)が高校生の時に東芝に見学に来て、話をしたり。
藤島ワーナー・ディアンズと流経大付属柏の世間話をした。
知念というのもあったので。
藤島最初に何を聞こうか迷ったんですけど、やっぱり、2012年の10月って言いましたっけ。そのラグビーを初めてやった。
知念大学4年の10月です。
藤島順天堂大学ラグビー部は、当時、関東の4部リーグで、初めてだからプロップできないですよね。
知念最初はロックでした。
藤島最初の試合は覚えています?
知念めっちゃ覚えています。試合の1週間前から練習に行って、出ると思わなかったんですけど、順天堂大学15人いなかったので、僕とトレーナーの元サッカー部みたいな人を合わせて、それで15人か16人ぐらいで。ボールを持ったら、まっすぐ行け、腿上げしろ、と。
藤島最初にボール来た時を覚えてます?
知念一番最初はノックオンして、2回目からはちゃんとキャッチして腿上げしたら30メートルぐらい走って。
藤島4部リーグにこの120キロの体で、陸上選手で足も速い。じゃあほどなく楽しくなる?
知念楽しかったです。中学でバスケして、野球もやってたので、球技が楽しいのは分かっていたんですけど、ボールキャッチさえしてれば、こっちのもんぐらいの感じで。
藤島プロップはどの辺から行くんですか。
知念東芝に行く時はもうプロップでしたね。
藤島陸上のおそらく教員になるための知識とかを得るのに大学院に進んで、だんだん心がラグビーに?
知念2013年、大学院1年の時に東芝の猪口(拓)さんから連絡が来ました。多分、対戦した駿河台大学相手にまあまあ走ったので、駿河台大学の監督の松尾(勝博)さんを通じてだと思います。松尾さんが試合のとき、絶対本気でラグビーした方がいいとめちゃくちゃ言ってくれて。今からすると恩人なんですけど、松尾さんのこと知らないし、なんなら対戦相手だし。
藤島日本代表のスタンドオフだった松尾さんですけど、対戦相手のおじさんがなんか言ってたくらい?
知念言い方を選ばなければ、それですね。「機会があれば、ぜひ」くらいにやんわり答えたんですけども、「俺、本当にトップリーグを紹介できるから」と。そのあと「1回練習来てください」と東芝から連絡がありました。1月3日か4日だと思うんですけど、正月沖縄に帰っていて、成田空港に着いた時、「ラグビー採用担当の猪口です。知念君、1回練習で見たいから」。2回行きました。
藤島いわばトライアル。
知念ルール分からんし、真冬で寒くて。練習着もなかったですけど、みんなポンポンと貸してくれて。僕、知り合いもいないし、先輩たちからしても「誰?」という感じだったんだと思うんですけど、その時点でいい大人の集団だなと感じました。風呂に入っていたら、廣瀬俊朗さんがお風呂セットを「これ使って」と渡してくれて、かっこいいと思って。練習自体はきつかったし、正直何やっているのかもわからない状態でしたけど、浴槽でも結構たわいもない話をしてくれて、東芝のグラウンドとかクラブハウスの雰囲気に、この人たちと一緒にやりたいという気持ちが。
それが1回目で、2回目の練習から帰るとき、猪口さんから「知念がよければ、1年間は大学院生だから練習生という形でラグビーして、それでもし東芝がラグビーでもっと見たいと思ったら正採用という形でどうかな」と言われて、「お願いします」と。
藤島2014年、練習生として。中に入ってみると、ここはやっぱりいいところだと思いました?
知念選手だけじゃなくスタッフもすごいいい大人、いい男がいっぱいいるような環境で、振り返っても恵まれていたというか、こういうおっさんになればいいんだっていうぼんやりしたイメージが、そこで作られました。
藤島それは東芝ラグビー部の勝利ですね。そこに来た若者は、こういうおっさんになればいいんだって思うというのは、いい話ですね。でも苦しさもあるでしょう?
知念頭は毎回パンクしました。
藤島体の方なんですけど、投てきの学生のトップレベルだから、いわゆる筋力やスピードがあり、トレーニングの負荷を自分にかけてきた。そこは間違いないけれども、やっぱりラグビーと違うでしょう。
知念全然違います。いざスクラムとなったら、一発の「バン!」じゃなく押し合ったり、まず自分が良い姿勢を作らないといけないという前提があるので、最初なんだこれって感じでした。
藤島多分バーベルを上げたら全然負けないけど、その力と違うんでしょう。
知念当時、東芝にいたプロップの久保(知大)さん、ウエイトは全然強くないですけど、スクラムはめちゃくちゃ強くて、なんだ、この人種は、こんなことあるんかと思いました。悔しいけど押されまくっていたので。
藤島で、2015年に入社するわけです。お父さんが沖縄の教員でやっぱり投てきの有名な指導者であり、選手だったじゃないですか。想像すると、お父さんは陸上をやって欲しい気持ちは?
知念本音だとそうだと思うんですけど、東芝でラグビーすると決めてから電話で「ラグビーするわ」って言ったら「あ、そっか」ぐらいの感じでした。でも親父が一番試合も見に来てくれましたし、ノリノリでした。喜んでました。
藤島子どもの時、相撲をやっていた。結構スクラムにいいんじゃないかと。
知念そうですね。要領をつかむまでは時間がかかったんですけど、いざ組めるようになってきたら、相撲の四股とかぶつかりの感じとか似ている感じがありました。あとはもう単純に人の顔が近づいても最初から別に気にならず。
藤島そうか、相撲ではそれは普通のこと。
入社をして、確かあの話題になりましたけど、1年目でトップリーグに出ていますよね。ものすごく早い出世ですよね。
知念正直、練習生で入った時から、試合に3年出られなかったらすぐ辞めようと思っていました。必死だったので出た時は嬉しかったですね。
藤島その年、たしかジャパンの若い候補みたいなところに入る。
知念1年目が終わってからジュニア・ジャパンに。
藤島次の2016年にはジャパンに入るんですよね。アジアのチャンピオンシップで。最初の韓国戦はいかがでしたか。
知念緊張よりも責任感が強くて、もう下手できないなと。それが一番でしたね。
藤島2試合目が香港。この時3番が知念雄、1番が沖縄の名護高校から帝京大学に行った東恩納寛太。その頃、沖縄にちょっと行ったんですよ。両プロップがジャパン、桜のジャージを着たってみんなものすごい喜んで。実は沖縄のラグビー人としては初めてのジャパン。
知念それまでトップリーグにもいっぱい、沖縄の人もいたんです。まさか自分が、とは思ってもなかったです。
藤島東芝のあとダイナボアーズに移籍します。違うカラーがあったりした?
知念突き上げるぞ。突き破るぞぐらいの気概があって、東芝にはない雰囲気ということもあって、そこでできたのもめちゃくちゃいい経験でした。
藤島最後はキヤノンイーグルスに。短かったけれども、また違うカルチャーのところで。ここはどんな印象ですか?
知念外から見たイーグルスって、すごいスキルできれいにボールを回して鮮やかにトライをとる、楽しいラグビーというイメージでした。入ったら泥臭くて、試合に出てる出てない関係なくみんなが勝ちたいと思っていて、ボールを持ってないやつがどれだけハードワークするかもみんな大事にしていたので、素敵だなと思いましたね。そこにもいい大人、いいおっさんがいっぱいて、イーグルスのこと大好きですね。
藤島イーグルス、沖縄というとどうしても沖縄大好きな田村優を思い出しますね。仲良かったですか?
知念田村優さん、あと普久原琉もめちゃくちゃいい選手で、優さんに「一緒に飲もうぜ」と誘われて何度も飲みに行きました。優さん、僕より泡盛を知っていますね。
藤島今、こういう先生になりたい、こういうコーチになりたい、と考えていることありますか?
知念抽象的な表現なんですけど、魅力的な人間っていうのを1人でも多く世に出せる人でありたいな、と。ラグビーは1つのツールだと思っていて、それこそ今イーグルスだったり、ダイナボアーズだったり、ブレイブルーパスで魅力ある大人、魅力的な人間はいっぱい会ってきたので、そういう人間を本当に1人でも送り出せたらなと思っています。
藤島今月のゲスト、元日本代表、横浜キヤノンイーグルスのプロップ知念雄さんでした。これからコーチング、教員の世界へ進みます。ありがとうございました。
知念ありがとうございました。
6月1日ラジオNIKKEI放送
「藤島大の楕円球にみる夢」
text
by 松原孝臣
- ラジオ番組について:
- ラジオNIKKEI第1で放送。PCやスマートフォンなどで、ラジコ(radiko)を利用して全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。動画版はU-NEXTで配信中。
6月1日放送分ポッドキャスト
http://podcasting.radionikkei.jp/podcasting/rugby-radio/rugby-radio-260601.mp3
U-NEXTでは画像付きの特別版を配信
https://www.video.unext.jp/title/SID0100786